体調が思わしくなくて更新が滞ってしまいました。
今日はダイブ調子が良いのでブログの続きを書きたいと思います。

10月24日
この日は確か取り調べを午前中に受けて、薬の購入場所とか普段行く所とかを聞かれたような…

それで午後に母親が面会に来てくれました。
ですが、先日の手紙を読んだ翌日で会う気にもなれなかったのですが、面会はしました。
最悪な状況でした。

本当は精神科に通って治したかった

と僕が口火を切ってから20分ほとんど言い争いでしかなかったです。

金がないんだから精神科なんて通えない
とか
もう、どうせ4~5年は刑務所になるんだから見捨てていいよ
とか言ったり。
本当に醜い言い争いをしてました。
監視の看守さんもあきれて寝たフリしてくれてました。
まぁ結局、中身のあるような話は出来ず、ただ言い争いだけして、帰り際母が寂しそうに泣きながら
「日記でもなんでもいいから手紙送って」
と言われた時に胸に衝撃が走りました。
自分はなんで、母にこんなにも迷惑しかかけていないのに偉そうに罵倒していたんだろうか…と。
そして、強く外に出たいと願うようになりました。

前回の労役の最中に実は僕にしかなついていなかったフェレットの面倒を労役の3ヶ月間母に見てもらっていたんですが、フェレットがもう8歳のおじいちゃんだったから突然体調を崩して、毎日病院に連れて行ってもらい、補液注射打ったりしてくれたのですが、残念ながら僕は一番大切な存在でもあるフェレットの最期を看取る事もできませんでした。これが一番の自分への戒めだな…とそのときは思っていました。
フェレットが生きてた頃は半分常談、半分本気で
「らいくん(←フェレットの名前)が死んだら、僕もすぐに行くからね」
なんて言っていたのを思い出し、家にはまだ犬が2匹居るし母の役にも立たなければ。そういう思いがフツフツと出てきた日でもありました。

そして運良くその日の夜に弁護士の先生が面会に来てくれました。
頼れるのは先生しかいない…と藁にもすがる思いで先生に
「保釈申請して、ちゃんと病院に行き今の状況を治したい」
と訴えました。そしたら先生が
「良かったです、そういう気持ちがあって頑張りましょう」
と言ってくれ、先生もオーバードーズとか精神的な障害が事件と何か関わりがあるのではないかと考えて、PSW(精神保健福祉士)の方を僕と繋げてくれて、そこから更生支援計画を立てて行こうと今後の戦略を立ててくれました。それと同時に保釈を視野に私的鑑定や専門医による治療、必要なら生活保護等の福祉への繋がりも視野に入れた方向の弁護を考えてくれました。
いろいろと話をし、保釈の件は弁護士の先生から母に伝えてくれる事になりました。