延暦寺の東塔、横川に続き西塔に行きました。
比叡山内のシャトルバスが30分に1本しかないので時間との勝負で回ってきました。
西塔の本堂である釈迦堂
西光院の跡に浄土真宗の開祖親鸞の修行地である事を伝える碑がありました。
東塔と西塔の間を歩いて戻って来た道すがらに最澄の墓である浄土院がありました。
山道からすでに聖域を感じさせるような石灯籠の数々に導かれて、
浄土院に入ります。なかは写真のように静寂が漂うつくりになっておりました。
歩いて東塔に戻ったときには4時30分の閉門時間ギリギリでした。昼前から昼食抜きで拝観しているのに全然回りきれませんでした。法然が隠遁生活を送った黒谷の青竜寺なども見れませんでした。
帰りは比叡山の山頂までバスで行きロープウェイ、ケーブル、叡山電車と乗り継いで京都の出町柳に出て京都駅に向かい21時前の新幹線で戻り日帰り旅は終わりました。
比叡山には廃仏毀釈前の神仏習合の歴史が残っており神社がいくつも残されているのは、あるべき形残っておりそれを後世に伝えているように思えました。現在でも坐禅、念仏、法華経の修行がなされており仏教の総合大学のように思えてなりませんでした。各宗派を開いた名僧達もここでエリート教育を受け、山から広がる京の町並みや琵琶湖の眺望を見ていたのかと思うと、同じ場所に立ち同じ景色をみながら何を感じながら修行していたのだろうかという感慨にふけていました。
パワーを貰える聖なるお山でした。
比叡山内のシャトルバスが30分に1本しかないので時間との勝負で回ってきました。
西塔の本堂である釈迦堂
西光院の跡に浄土真宗の開祖親鸞の修行地である事を伝える碑がありました。
東塔と西塔の間を歩いて戻って来た道すがらに最澄の墓である浄土院がありました。
山道からすでに聖域を感じさせるような石灯籠の数々に導かれて、
浄土院に入ります。なかは写真のように静寂が漂うつくりになっておりました。
歩いて東塔に戻ったときには4時30分の閉門時間ギリギリでした。昼前から昼食抜きで拝観しているのに全然回りきれませんでした。法然が隠遁生活を送った黒谷の青竜寺なども見れませんでした。
帰りは比叡山の山頂までバスで行きロープウェイ、ケーブル、叡山電車と乗り継いで京都の出町柳に出て京都駅に向かい21時前の新幹線で戻り日帰り旅は終わりました。
比叡山には廃仏毀釈前の神仏習合の歴史が残っており神社がいくつも残されているのは、あるべき形残っておりそれを後世に伝えているように思えました。現在でも坐禅、念仏、法華経の修行がなされており仏教の総合大学のように思えてなりませんでした。各宗派を開いた名僧達もここでエリート教育を受け、山から広がる京の町並みや琵琶湖の眺望を見ていたのかと思うと、同じ場所に立ち同じ景色をみながら何を感じながら修行していたのだろうかという感慨にふけていました。
パワーを貰える聖なるお山でした。