カピバラは可愛い。




さて全く関係ないけれど。


比較病。 



自分はそう呼んでいる。



これにかかっている人はとても可哀想だな、とも思うし、周りにいる人達も不愉快にする恐れがあるけれど本人に自覚症状がなかったりするからタチが悪い病気だな、と思っている。




これはどんな病かというとだね。




美味しいものをシンプルに美味しいと言えなかったり、味だけでなく見たものや聞こえたもの感じた事全て今までの体験と比較をし、口に出す病。



例をあげるとするならこんな感じ。



友達とイタリアンのご飯に行った際「ここのパスタおすすめなんだよー!食べてみてー」と自分が紹介したとする。




その時の食べ終わった友達の反応が「美味しいねー!でも、ここより○○○っていうお店の方が美味しいけどね!」



え?



えー? 



いらなくないか?



後半部分の「ここよりどこが美味しい」っていう情報は。



おーい誰か!



「ねえねえここより美味しいパスタ知ってる?」って聞いたか?



聞いてないよな。




これ完全に比較病。




味なんて勝負ではないし、なんなら自分の体調のコンディションとかによって味付けだって、薄味が良い日もあれば濃い方が良い時もあるだろう。


普通に「おいしいねー!」という言葉で終わりで良いのに、紹介した側の気持ちを切なくする感じにする事に全く気づかない。



仮に口に合わなかったとしても比較対象の名前を出す必要がないし、もしこの店にまた誘われた際には断るか、もしくはパスタ以外のものを注文すればいい話。




それを「どこの方が美味しい」とか謎の個人的主観情報を聞かれてもいないのに口にだしてしまう。


この病は味だけではなく「あそこの温泉の方がよかった」と場所にあらわれたりとか、「元恋人の方が顔が良かった」とかとにかく比べて意味あるんか?が至る所に現れる可能性がある。




よし、死刑にしよう。




個人的に死刑制度は反対派だけど、こーゆー輩だけは死刑がいい。



昔はそう思っていた。



でもねこれは多分、病だ。


病気なんだ。



こういう人の周りからは、どんどん人が減っていくだろう。


それに本人は気づかず、ただただ孤独になっていく。


そして恋人は愚か、友達にも見放され行き着く場所はSNS


そこで人の悪口を書いたり、また比較したりしてきっと最後は孤独に死んでゆくんだな。




そう思ったら死刑はないな、と思い反省した。



このブログを読んで自分だ、と思い当たる節がある人。


もしくは友達にこういった人がいると感じた人、きっと遅くはない。


今からでも、なんとかなる方法を探していこう、きっとあるはずだ。


じゃないと本当に誰も周りから人は居なくなる。


今の所、個人的に有効だと思われる治療法は「自覚をもってもらう」以外にはないが、他に具体的な対処法があるよ、って方は教えて欲しい。