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オーバー40ライター、作家を目指す

40歳を過ぎたフリーランスライター(女)が、作家を目指し一念発起! デビューを夢見て、その日日の奮闘振りを綴ります。 

モノを書く動機には、人によっていろんなものがあると思うけれど、
その過程の中で必ず訪れる
「自分の内面と向き合う」ということに、
癒しや解放、自己達成感があるから、人は日記にしろ小説にしろ、書き続けるのではないか、と思う。

…なんて小難しく言ってみたけれど、
「モヤモヤした気持ちだったけれど、文字に出して書いてみたらスッキリした!」
という気持ちよさがあるから、少なくとも私は書き続けているのだと思う。
(ここでの「書く」は、テーマを与えられ取材をして記事を書くようなライター業の仕事は入っていません)

小学生の頃から日記を付けていて
(以前実家に戻ったときに偶然見つかった。今読んでもあまり今の自分と変わらない態度に恥ずかしくなる)
その日味わった嫌な気持ちや、心に秘めていたことを、書き残しておいていたのだが、
今は、手書きするのがおっくうになってしまい、もっぱらブログやツイッター、フェイスブックなどのネット上(ウェブ上というのか?)に綴ることが多い。

けれども、これが、やっかいなのだ。

ブログは、日記の形式ではあるけれど、それは他人が閲覧しコメントすることを前提としているから、
どうしても「人の目」を気にしてしまい、自由に書いているようで、人からどう思われているかを意識する嫌らしさが残ってしまう。

ツイッターは、私的にはもう少し自由な気持ちで使っているが、
140字という制約があるので、どうしても乱暴な「つぶやき」になってしまっている。
そして、言ったら言いっぱなし、というのが多く、
内省することがあまりないため、
まとめて読んだ場合、そのときのリアルな感情の変化については、伝わってくるが、
その人間像については薄っぺらなまま。
実に軽佻浮薄で、多用すると、自分自身がどんどん卑屈になるような気分にさえなる。

(これは、ツイッターというツールの性質というよりも、
私自身が「感情の吐き出し」を一番の目的に使っているからであって、
つぶやく内容や目的によっては、十分内省し人に読ませる力のある言葉を並べることもできるのであろうが、、、)

フェイスブックは、現実の人間関係の結びつきをベースにしたものなので、
いちばんの目的が「人に思われたい自分」を演出することだったりする(あくまで私の使い方の場合、です)。
だから、「こんなことを書いたら◎◎と思われて仕事しづらいなあ」なんて思うと、感情を出すことができない。

その点、今私が書こうとしている小説は、実にバランスがいい。

人に読ませる客観的な視点を持ちつつ、
自分の中に生まれる様々な感情を動機として、
登場人物たちに、モノを言わせ、行動させ、物語を作っていくことで、自分の感情を解放し形を与えて行く。

私が小説を書きたいといちばんに思った理由もそのためだ。

「生まれてきて すいません」という太宰治の小説の言葉ではないけれど、
ネガティブで、自分で見るのも辛いし、人に見せたくもないし、
そもそも人もそんなものは見たくも気づきたくもないという感情、
でもほおっておいて暴れて身を滅ぼしてしまいそうな感情に、
何かを与えて、自分を肯定したい。

40歳過ぎて、小学生の頃から変わらない自分の芯にある、忌み嫌っている思いを、
いい加減解放したい。

変わらなきゃ、変えなきゃって思っていたけれど、
どうにもこうにも、手強いこの感情、いや、自分を
「それでも私は生きていく、ここにいる」と、叫ばせてやりたいのかもしれない。

ただただ叫ぶだけでは、人は聴いてくれないし(それは現実世界でさんざんやっていて実感している、苦笑)
どうしたら、自分も解放して、人にも喜んでもらえるような
(ココで喜ぶ、というのは、小説を読んでもらえる、ということ。読後の感想とは別に、感情を揺り動かすことができたら大正解だと思う)
文章を書くことができるのか。

これから、急ピッチで学んで行くつもりである。

そして、ここに行き着いたことで、
今まで内省しきれず、ごまかしながら見ていためんどくさい自分の感情を
否定したり、正当化したりしないで、受け止めて行こうという覚悟ができたように思う。

特に、ネガティブな感情や状況に対して、
「これもきっと小説の糧に、ネタになるんだ」と変換していくことで、
なんだかこの先も、生きていけそうな気がする。

「恥の多い人生を送ってきました」と太宰治は『人間失格』の中で書いていたが、
私も「恥」と「後悔」の多い人生を送ってきて
そこへのダメだしばかりだったように思う。

けれど、小説を書くことで、そんなめんどくさい自分から逃げないでいようという決意が生まれたのだ。

今はそれが嬉しい。
小説を書こう、作家になろうと決めてよかった。