俺自身、
自分の心の声を聞かずに、
本来の自分を見失い、生きてきた。
何故だかわからないが、
自分に自信がなかった。
自分にないものに憧れた。
思春期の頃には、
自分の男らしい雰囲気が嫌で、
ジャニーズやv系のような顔を目指し、
仕事も不器用で真面目にコツコツやることくらいしかできないにも関わらず、
接客業、クリエイターに憧れ、it系に憧れ、デスクワークに憧れた。
ファッションも同じだ。
しまむらやユニクロなんて着れない、
借金をし、ブランド物を身につけた。
恋愛も同じだ。
可愛い、綺麗、外見が全てだった。
言うまでもなく、
本来の自分ではなく、
虚像の自分は、無理をしているので、
うまくいくことはなかった。
行動したことで、学んだとも言えるけど、
俺の場合、何百、何千の失敗をしなければ、
わからないくらい馬鹿なのかもしれない。
こうなった背景には、
自分自身の問題と、親の影響もあると思う。
いわゆる教育ママで、
ほめることはせず、
否定されたことしかないのである。
心の中では、親に認められたい、
褒められたいという思いがあったのだ。
自分が、こうしたいではなく、
口ではこうしたいって言ってるけど、
心では、思っていない。
ここが大事で、
思い込み、先入観、刷り込み、
これを外すのは簡単ではない。
依存症とも言えるかもしれない。
30年かかったが、
難解な
問題解決をするためには、
原因が、1つではなく、
10、20、細かいの入れたら100とか絡み合ってたりするから、
難しいと思っている。
世間は、こうだって決めつけが多いが、
生い立ちから始まり、考え方、環境、親、友達、
様々なことを、自分で考え、あるとき、
点と点が線になる瞬間が訪れるのではないか。
本やネット、人では解決しないことが多いと思う。
気づかずうちに、
親に褒められたい、
世間に認められたい、
この思いが根本にあったのだ。
自分軸があるようで、
他人の人生を生きていたようなものだ。
とにかく、
比較、比較、比較の
人生だった。
本来の自分は、
俺は勉強が嫌いで遊びが好き。
雰囲気だって、
ある物を大事にした方がいい。
さわやか系になれないが、ワイルド系にはなれる。
仕事も、同じ。
仕事なら今の感じ、いわゆるガテン系。
恋愛も、同じ。
外見より中身。
ファッションならば、
おしゃれよりも、カッコいいかどうか。
もう、俺は
世間や親、比較の世界線にはいない。
最近はさらに洗練されてきた。
車も欲しいのは、
高級車から普通車になり、
いや、軽自動車でいいよなって結論に至ったのである。
今の俺は限りなく見栄を張らなくなり、
ないものをねだらなくなり、
本来の自分になれてきた実感がある。
客観視するならば
ワイルド系であること
ガテン系であること
遊びが好きなこと
ファッションや車なんて安くていいこと
外見よりも中身が大事なこと、
未来は、不安や心配は、いらないこと。
足りないものなんて、何もないこと。
ただ、今を生きること。
これが、本来の俺だ。
たくさん話をしてきたが、
要するに、
ないものに目を向けていたが、
あるものに目を向けただけだ。
これが、本来の自分、
つまり、
俺たちは、既にある、
完璧だということである。
そして、
現在、あるものに目を向け、それを伸ばすような選択をしたいと考えている。
今後どうなっていくかなんて、わからない。
1つ言えることは、
2026年に車を買うこと。
数年後ドライバーになっていること。
それ以降は、わからない。
今、やりたいことやる。
俺たちは誰もが今しかない。
とにかく行動するしかない。
俺は誰よりも失敗してきたからこそ、
思うことがあって、
失敗なんてない。
経験値が増えるだけなんだ。
仕事にフォーカスをあてると、
ガテン系から始まり、
接客、飲食、ホスト、イベント、マスコミ、
証券、銀行、保険、不動産、IT、
デイトレーダー、
様々な仕事、業界で働き、
趣味でいえば、
ゲームから始まり、野球、サッカー、スケートボード、バス釣り、バンド、麻雀、サーフィン、登山、ドライブ、ファッション、読書、漫画、恋愛、
無駄とも言えるような沢山の経験値を積んだとも言える。
世間や親は認めないだろう。
でも、それでいい。
これが俺の生き方だ。