私事で申し訳ないですが、ブログとして残そうとコメントしたいと思います。
一緒に住んでいた、私のおじいちゃん(藤太郎)が10月15日午前4時33分に息を引きとりました。
82才でした。
私が生まれてから、家族の中で「死」というものがなく、ものすごく、悲しい出来事だと感じています。
1月に、胃の調子が悪くなり、色んな検査をしたらしいですが、原因がまったくわからず、
大きい病院で検査したところ、膵臓癌だとわかり、高齢の為、手術も治療も出来ないということで、専門医が家族の同意で直接お爺さんに宣告したそうです。
やはり、相当落ち込んでいましたが、私の子供(ひ孫)を見たら元気に遊んでくれていました。
家族の中でおじいさんとおばあさんが、ドリフのコントみたいに喧嘩したり話したりするのがあともうちょっとなんだなと感じました。
体が弱ってきたから手伝ってほしいと言われ、畑を耕したり、草をむしったり、掃除したり、今思えば、
お爺さんと一緒に何かすることは、小学生以来だったかもしれません。
結構畑仕事も汗かくんだなと、日ごろ食べているお爺さんとお婆さんの野菜に感謝しながら頂きました。
やはり一番の思い出は、お爺さんと一緒に「カブトムシ」を育てたことです。
小学生のころはみんなが好きなカブトムシ。
父が仕事の関係で、大工さんからカブトムシをもらったと、ドラム缶いっぱいの「カブトムシ」をもらいました。
およそ、150匹はいたと思います。
欲しいという友達にあげるだけあげてもたくさん残っているので、
お爺さんと一緒に、畳2畳ほど、高さ60cmほどの木の箱を作り、菊や植木用の腐葉土や近所の竹林の土をどさっと入れ、そこで飼うことにしました。
ふたを開けるたびに少しずつカブトムシが逃げるのですが、カブトムシ同士の対決やクワガタムシとの対決を楽しみました。
細かな世話は両親やお爺さんがしてくれ、気がつくと、卵があり、育っていくのを見るのが本当に面白いのを覚えています。
掘るたびに、さなぎの状態や、さなぎから生まれたての状態のカブトムシが見つかり当時は本当にカブトムシが好きだったんだなと思い返します。
私は、思うことがあると真っ先に行動してしまい、周りが見えなくなるタイプで、すぐに飽きる性格でした。
これはどうもお爺さんと良く似ていて、健康にいいから甘茶と作って飲んだり、色んな事に興味を持っては飽きてしまう話を聞くと自分のことのようで笑ってしまいます。
色々調べてみると、膵臓癌は癌の王様と言われるほど、早期発見が難しく、発見した時には末期症状ということが多いそうです。
癌に効果があると言われる健康食品を色々と試しているうちは、本当に癌なのかと思うほど元気でした。
ちょうどお爺さんは、兵隊になる前に終戦となり、お爺さんのお兄さんは戦死しているのですが、その頃は貧しくて、15歳に県外に仕事に出て船を造る溶接の技術を学び、色んな仕事を得て鉄工所を作ったと聞きました。
色んな昔話、近所のことや親せきのこと、お爺さんがどんな仕事をしていたかなど話を聞いているとその時代を想像でき、本当に僕たちの為に努力し、家庭を守ってくれたのだとつくづく、感謝しました。
家族の為に寝ずに働く姿は、その時はわかりませんが、いずれ子供に分かってくれる、そんな気がしました。
癌に効果がある治療が高齢でも出来るものがみつかりました。
血液の中に大量のビタミンを加えることで抗菌作用が働くとのこと。
本来は、抗癌剤などと一緒に与えるそうですが、体力がないためビタミン療法のみで治療を決意。
しかし、体に負担をかけたのか、盆過ぎから体調を崩し、
本人しかわかりませんが、膵臓癌は痛いそうです。
食べ物を食べると胃が膨れるので、「膵臓」が圧迫され痛くなるのです。
そうなったら、病状は急降下でした。
食べれない→体力がなくなる→痩せる→腹が痛い→
成仏して、私たちを見守ってください。
大好きなお爺さん、本当にありがとう!
そんな感じがしました。
体をもって教えてくれた。
近所の人やお爺さんにお世話になった方々が、次々と来てくださって、「死」というものを
入院していた病院で、意識も朦朧とする中、看護師にOVER-9の宣伝をしてくれたり、私の事業を蔭ながら応援してくれていました。
人が死んでからでないことが沢山わかります。
そのまま寝るようにお爺さんは逝ってしまいました。
痛みは、取り除くことが出来ないため、睡眠薬で眠らせるしかありませんでした。