●手術終了直後

「うぱさん…」

名前を呼ばれた気がした。
その瞬間窒息しそうな苦しさがこみ上げてきて、喉元を手で必死に叩いた。
すると喉奥に挿入されていた管が抜かれ、呼吸が戻りほっと一息。
目を開けると、主治医の顔が見えた。
 
「良性でしたよ」
 
という主治医の声に続いて、「良性…良性…」と他の医師や看護師達の明るい声が聞こえた。
正直、嬉しい気持ちよりも「良性判定が出てしまったか…」と複雑な気分だった。
術中迅速病理診断で良性判定が出た場合は、切除するのは患側の卵巣卵管のみ。大網や虫垂を取らない縮小した手術になっているのだ。後から境界悪性以上が出る可能性があることを考えると、大網や虫垂を残しておいてよかったのだろうかという懸念が勝った。
しかしとりあえず「良性」が出たということは、患部に占める悪性部分の量が少ない可能性が高いということでもある。※
そう考えれば悪くない結果か…と思っていると、主治医が言った。
 
「今回は良性と出たけど、前も言ったとおり後から境界悪性以上になる可能性もあるからね」
 
はい…(´・ω・`)
 
「あと、卵巣をどうしても破裂させたくなかったから、へその横まで切ることになってしまいました」
 
と、主治医はその後の診察でも度々この件で申し訳なさそうにしていた。
「腫瘍が他の臓器に癒着していたらどうしよう…取り出しにくくて術中破綻したらどうしよう…」と心配していた私としては、ただただありがとうございますという思いでいっぱいだった。
 
ストレッチャーに揺られながら、ものすごいスピードで病室まで運ばれていく。
術後の吐き気に恐怖心があった私は、「いつ頃吐きますか?」と看護師さんに聞いていた。看護師さんは「うーん…すぐの人もいるし、病室についてからの人もいるし…」と苦笑していた。
結果からいうと、吐き気は一度も訪れませんでしたwセーフ…!
寒気等もなかったし、もちろん硬膜外麻酔のおかげで痛みもまったくないし、意識もしゃっきりとしていたので、病室についてすぐにラインで友達と兄に手術の結果を報告した。
その後切除した卵巣の写真を見せてもらったが…
 
どう見ても良性じゃないでしょ…!(´゚д゚`)
 
と、いうような代物だった。
肥大した卵巣は、一番長いところで20㎝ほどある、つるつるした楕円形のものだった。(表面は血管が巡っていてグロい)
中を割ると薄い黄色調の塊が飛び出しており、そこに髪の毛が少量絡まっていた。
素人がリサーチする限りでは、良性の奇形腫の標本はもっと髪の毛の塊とか脂肪の塊とかがはっきりとわかるように構成されているものが多かったので、この何で構成されているのかよくわからない謎の黄色い部分はかなり怪しいと感じた。
臨床的にいくら疑わしくても、病理の結果が全てなんだなぁと思い知らされた一件だった。

●術後の夜
 
術後の夜は長かった。
1~3時間ごとに1回、看護師さんがバイタルを測りにくるので、なかなか眠ることができなかった。
どうやら酸素量が少なかったらしく、毎度深呼吸を強いられることが地味にストレスだった。
なるべく寝返りを打った方がいいとのことだったので、できるだけ左右にごろごろしていたが、背中にチューブがあるし点滴もつけられているし、足にはポンプがつけられているしで、自由に身動きがとれないことが苦痛だった。
痛みはないが、とにかく疲れた。
「もう二度と手術はやりたくない…」と思ったほどだったが、今となってはもうあまりその苦痛が思い出せずにいる。
 
(※未熟奇形腫は、成熟した組織(良性部分)と未熟な組織(悪性部分)が混在した腫瘍で、悪性部分の占める量により悪性度が三段階に分かれています。
術中迅速病理診断のために採取するのは腫瘍の中の一部分だけなので、病理に提出したところがたまたま良性部分のみで構成されていただけで、他の部分には悪性組織が多数あるということも大いにありえます。あくまで素人目線の所感ですが、他の組織型の卵巣腫瘍よりも、術中迅速病理診断の結果が覆りやすいタイプの腫瘍だと感じます)