息子は中学校1年生の秋から不登校になりました。
そして、
中学校2年生の6月くらいに進学出来そうな
高校を見つけました。
その後、中学校3年生になった時に
息子にとってまた明るい兆しが見え出しました。
一つは、
私たち家族が住んでたのは都心部ではなくて特別支援教育が遅れていたのですが、
中学校にも通級というものが出来ました。
息子は始め学校自体に入ることをとても嫌がりましたが、通級教室の先生がとても良く
通えるようになりました。(週1回)
二つめは
近くの大学に特別支援教育をされてる先生がいて、
そこの学生さんがソーシャルスキルトレーニング
(SST)の教室を開いてくれるようになり、
そこへ行きだしました。(2週間に1回)
そして三つ目は
市の適応指導教室(名前が気に入らないけど)に
行くようになりました。
ここはいわゆる学校に適応出来ない子たち
(不登校を含む)が通うところで
家の近くのバス停からバスに乗り通うようになりました。時間は多分10:00〜15:00くらい。
たまたま同学年の男子が4人いてお友だちになり、
通えるようになりました。
しかし、お友だちは良いのですが、
指導する先生方が発達障害についての知識が乏しく、
息子が苦手なことを無理矢理にやらせようとしたり、
「頑張れ頑張れ」
と根性論だけで物事をやらせようとされるので、
それで息子は行くのを渋ったり休んだりしてました。
(でもお友だちの家に教室が終わった後に遊びに行ったりしてたので、その為に行けてた所はありました。)
私はその通級指導教室の先生方に何度か
息子の特性や苦手なこと、
パニックに陥るパターンなどの説明をしましたが、
なかなか理解をしてもらえませんでした。
そのため、息子の調子に合わせて
「行ける日は行く。休みたい日は休んでよい。」
としていました。
ところが元夫は、
「通級指導教室に行きだしたら、1日たりとも休んではダメだ。」
と言いだしました。
小学校6年生の時のこのパターンと同じです。
仕事から帰ってきて休んだことがわかると
怒鳴り散らします。
息子に対して叱責が始まります。
「毎日行かない奴は人間失格。」
のように叱責を繰り返します。
私は元夫に通級指導教室の様子を話したり、
息子がどのような様子なのか、
何と言ってるのかなどの説明をしました。
だから、適応指導教室に行くこと自体が
息子にとってマイナスに働く可能性があることなども
説明をしました。
毎日行くことよりも
今まではずっと家に居た子が
自分でバスに乗って出かけることが出来る様になったことを喜び、
褒めてあげて欲しいと話しました。
高校に入学した後に毎日通えるように
応援して欲しいし、
そうなれるように私たち親がやってあげるのが
親じゃないかと話しました。
でも、私の話は全然通じませんでした。
「とにかく行きだしたのであれば休んだらダメだ。」
「休むのは人生の落伍者。」
そんな感じで、
息子を叱責し続けました。
何故、一つダメだったら人生終わりなのか??
何故、0か100しかないのか
私には全く意味が分かりませんでした。
とにかく息子が通級指導教室に行かなかった日は
凄い叱責と暴言が始まりますから、
私は
「毎日息子はちゃんと通級指導教室に行ってる。」
と嘘をついて、
元夫に暴言を吐かせないようにしました。
本来ならば、特別支援が必要な発達障害の息子のことを共に考え、協力していく立場の人間だと思います。
父親であれば、
息子のことを思い、不登校中の息子が将来、
社会に出ていけるようにしていく
のではないかな
と思います。
でも元夫は違いました。
私は息子に向かうだけでもかなりの力を使ってましたが、
息子の将来を助けるどころか足を引っ張る
元夫に心底嫌気がさしてました。
息子にも
「ちゃんと通級指導教室に行ったことにするのよ。」
と嘘をつくことをさせて
「一体なぜこの人と一緒に暮らしてないといけないのか??」
全くわからない。
元夫が家に帰ってくると、
何ともしれない緊張感漂う毎日。
親子3人(私と息子と娘)、
元夫が寝るまでただ黙って時間が過ぎるのを待つ。
そんな毎日に私は疲れ果て、
辟易していました。



