先週30日の土曜日に、メールやフェイスブック等で
集まった16人で「地震とともに生きる未来とは」
というタイトルで、震災からの復興について考える
会を開催しました。
最初に自分が30分ほどのキーノートスピーチを
やりました。
内容は、被災地域の状況報告をしながら、復興策
と事前予防策を切り離して考えるべきでないこと、
平時の「つながり」が災害の予防だけでなく
復興の場面においても重要になることについて
お話させてもらいました。
その後、3つのグループに分かれて「ワールドカフェ」
という方法で3つの別々のテーマについて意見を出し
合いました。
イメージとしては、カフェに集まる客が、時世の話題を
あーだ、こーだと話し、それを聞いたカフェの店主が
次に来たお客に、「こんな話があってね」と話題を
つなげて、議論を深め、ひろげていくという感じです。
この「ワールドカフェ」という対話手法、最近流行って
いるようで、フェイスブックでも頻繁にお誘いがきます。
自分もワールドカフェは初参加だったのですが、
多様な意見を聞く手法としては有効だなあと感じ
ました。
主催者のコラボレットの岡崎氏のファシリテーション
がよかったので、多様な意見が出され、盛り上がり
ました。
印象的だったのは、被災者だけでなく非被災者も
含めて、復興にかかわる人々に10年後にポジティブ
な変化を与えるためには「成長」に目を向けさせる
のが大事だろうという話で盛り上がったところです。
未来志向の考え方ですが、より具体的には
「子どもの成長」「植物(桜)の成長」
「魚(出世魚)の成長」などの話がでました。
こうした成長に目を向ければ、自然とポジティブ
な変化が生まれるのではないか。
成長していく過程を楽しんでもらい、そこに、
夢や希望をもってもらえるのではないか。
「成長」の対象が、子どもでも、植物でも、魚でも、
何でもよくて、そこに積極的にかかわるもよし、
ただ静かに見守るのもよし。
成長の過程に批判があってもいい。
どうやって受け取るかは個々の自由に任せればいい。
ただ、過去の悲しい経験に引きずられて、未来に目を
向けることを止めてしまうことだけはないように。
そういう対象があれば、ポジティブな変化を期待
できるのでは、という話でした。
「成長」に目が向けば、そこに夢や希望がうまれる。
「成長」に目が向けば、「過去の悲劇」に引きずら
れずに、「過去の教訓」が未来に活かされるように
なる。
そんな感じでした。
時間の経過とともに、震災のことを考えることは
少なくなっていきますね。
やむを得ないと思います。
過度な自粛も必要ないと思います。
でも、「悲劇」は忘れてもいいのですが、「教訓」
は未来のために活かしていかなければなりません。
東日本大震災の復興論議はまだ始まったばかり
ですが、この復興論議を、どこまで広く日本全体で
考えることができるか?どこまで広く、この教訓が
理解されるか?がとても重要になると思われます。
どうしても「被災地だけの話」として考えられがち
ですが、まったくそうではないことを、これからも
地道に唱えつづけていくのが自分の役目なのかなと
感じたりしています。