夜行バスで辿りついた早朝の盛岡駅
です。
唐突に駅前に貼られているテントは、
国際支援で英国から送られた非常用
シェルターの見本でした。
早速、レンタカーを借りて、太平洋沿岸部の岩泉へ向かいました。
レンタカーもようやく通常営業に戻ったようです。
岩手県は広大で、山を超えていく
道のりは長いです。
雪に囲まれた外山、早坂の県立公園
を抜けて行きます。
山を越えると、雪もなくなりました。
自衛隊の野営テントが見つかると
被災地が近い雰囲気がただよって
きます。
まずは、役場に向かいました。
ちなみに被災地の役場、休みなしで
開けています。
役所で勤務される人たちも大変です。
自らが被災者でありながら、被災者
支援のためにがんばっています。
案の定でしたが、り災証明書の申請
の受付が遅れていることが、確認
できました。
被災証明書という名前で、全壊や半壊
などの被害の程度が記載されていない
無意味な書面が発行されていました。
り災証明書の発行に関する内閣府の
指導が現場までおりていないよう
でした。
余計なお世話でしたが、自分が代わり
にレクチャーしておきました。
岩泉町の小本という港町は、津波の
深刻な被害を受けています。
日本震災パートナーズの保険に加入
されていた2人の被災者にお会いする
ことができました。
お二方とも、家は全壊流失でしたが、
意外と明るかったです。
おひとりは、まだ10日しか住んで
いない新築の家を流されてしまった
60歳くらいのご婦人でした。
地震発生時は、千葉で歯の治療を
受けていたので、ご無事でした。
今年の一月に10年住んだパリから
日本に帰国し、この小本の港町に
家を建てたそうです。
300万円の保険金をお支払いします
という話をすると、
「わー、ほんとに?嬉しいわぁ」
と手をあわせて喜んでおられた
のですが、その姿がとても可愛ら
しく、さすがパリ仕込み、と感心
したぐらいです。
もう一人の中年の男性の被災者の方
も、悲壮感とかはまるでなく、
意外とあっさりされていました。
あっけらかんとしたさまは、海の男
だからなのでしょうか。
そんな北三陸の被災地ですが、
リアス式の美しい海岸線は
健在です。
でも、少しひくと、、、
道が突然なくなっているのが、
お分かりいただけると思います。
地元の消防団の消防車がむざんな
姿をさらしています。
この場所は、岩泉のすぐとなりの
小さな港町ですが、自分が訪れた
ときは人っこひとりいませんでした。
人口的な音がなにも聞こえず、
波音だけが聞こえるしずかな
場所でした。
遠くの海岸線だけを見ていると
ほんとうに美しい景色のところ
で、すぐ足下に広がる悲惨な光景
とは対象的なはずなのです。
が、
どちらも自然の力が作用した結果
だからなのでしょうか?
人工物が破壊されている様子が
残酷でありながら、しっくりと
おさまっているような感じも
しました。
ごめんなさい。また不謹慎なことを
書いてしまいました。
では、これから宮古の方にむかいます。
居眠り運転に注意ですね。
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