2年前の社員向けブログの続きです。
(引用始)
先週は富士山に登った話をしました。今回はその続きです。
富士山については、「見る山」で「登る山」じゃないというのが通説ですが、一回くらいは登っておいてもいいかなというのが登る前と登った後の共通の感想です。
10年、20年くらい前は、登山者(観光客)のモラルが低く、ゴミが散乱していて汚かったらしいですが、今は、登山道でゴミを見かけることはほとんどなく、きれいに整備されていました。6合目くらいまでは馬で行けるのですが、時おり香ってくる馬糞の匂いに閉口するくらいでした。
多摩川に魚が帰ってきたように、日本の自然も少しずつ昔の状態を取り戻してきているような気がします。ただ、結果が目に見えるところでは努力するのもそんなに難しい話ではないですが、温暖化の問題のように、目に見えにくいところでは、まだまだ人間の努力(人間のエゴの抑制)が必要であることは変わらないと思いますが。
話を登山にもどすと、一般的には、登山というと最初は登りが多くて、途中から峰伝いに登ったり下ったりを繰り返しながら、山頂に辿り着くものですが、富士山に関しては、周りに高い山がないので、ひたすら登って山頂に辿り着き、ひたすら下って終わる、というのが特徴的といえるのかも知れません。
小学生や中学生くらいに学校で行かされた登山では、「何でせっかく登ったのに下らなければいけないんだ、もったいない」などとよく愚痴をこぼしていましたが、富士山は、そういう意味では、非常に合理的な登山ができます。無駄がないといえば無駄のない登山になります。もし登ったり下ったりしながら山頂を目指すのが嫌いな方にはおすすめです。そもそも登山自体が無駄だと考えてしまえば、もともこもないですが。
また、富士山の場合は、森林限界の上を登るので、砂利道の上を歩くことになります。雨が降っていないときは、相当な埃の中を歩くので、これはつらいかも知れません。都心を離れて山の中できれいな空気を吸おうという考えだと、これはまったくあてはまらない山なので要注意です。幸いにして、僕らが登ったときはゲリラ豪雨の合間だったので埃にはやられませんでした。
今回の登山は高校時代の同級生6人と、その奥さん1名の7人で登りました。小さいグループではありましたが、やっぱりペースが皆バラバラなので、せっかちな自分としては多少イライラすることもありました。
全然疲れていないのに休憩を入れなければいけなかったりして、自分勝手にもっともっと前に進みたいという気持ちを抑えながら登っていたところもあり、若干ストレスになっていたかも知れません。自分はやっぱり団体行動が苦手な人間なのだろうと考えながら登っていました。
最初から最後まで自分がほぼ先頭を歩いていたのですが、登山が無事に終わって五合目に戻ってきたときに、「学校の先生みたいにペースを作ってくれたので助かったよ」と言われたときは、苦労が報われて嬉しかった気持ちとイライラした自分を反省する気持ちの複雑な感情を持ちました。
考えてみると、もし自分が足をくじいたりしていれば、他の人は自分にペースを合わせてくれるわけで、自分が人に助けられることはあり得ないかのように考えながら登っていた自分の傲慢さを恥ずかしく思いました。
その時々の自分の物差しで他の人を図ってしまうのは人間としての弱さなのかも知れませんが、自分ひとりで生きていけるような錯覚に陥ることがないよう、今後も気をつけたいと思った富士登山でした。
(引用終)
また山登り行きたいなあ。