outputaroのブログ -8ページ目
視聴者が何を観たいか、何を観たくないかを述べる権利は有ると思う。
それが絶対的な意見になるとは思わないけど。

馴れ合いは、内々でやっててくれ。いちいち表に出さなくても良い。
私が神様だったら、脳裏に浮かぶだけども反吐が出そうなあんな連中には、立ち直れなくなる程の酷い思いをさせてやるのに。

でも、そんなことは出来ないのだから、私は現実を見るしかないのだ。

自分自身や身の回りのことを今は大切にしよう。
何もできないという焦りと苛立ちを、空虚な言動で打ち消そうとするのはやめたい。
実になる行動を見極めたい。
自分は、メンヘラではなく唯の低能
会社の隣のデスクの女性は、ふなっしーがお好き。
別にそのこと自体は何の問題もない個人の自由。

ただ、彼女が甘い声で件の着ぐるみを「ふなドキドキ」と呼ぶのを聞くと虫唾が走る。

どちらというと、あなたの巨体は海辺にあるデカい岩を連想させるし、フナムシの方がお似合いですよ!

などという酷い事を考えたりしてはいけない。
こんなにも歪んだ存在を生み出したのがあなたの罪

それでも生き続ける事が私の罰
自分の心の中で、人の事を必要以上に悪く貶め続けると、その対象がしでかした以上の失態を自分がさらす事になる。

物議を醸し出した「保育園落ちた日本死ね」のタイトルで始まるブログ記事。

「死ね」という言葉のチョイスを責める向きも有るけど、あの文章が落ち着いた言葉で書かれていたとしたら、ここまで話題になっていただろうか。
不満足な方の件。

夫婦ともに、世間に向けて各々の非を謝罪する文章を発表しているのを見て、その一心同体ぶりに映画「ミラクルカンフー阿修羅」を連想した。あらすじを聞いただけで、見た事ないけど。

でもやっぱり、この映画に例えるのはちょっと違うな~と思い直しているところ。
遅ればせながら、週刊新潮の中吊り広告を見た。

そこに載っていた写真の乙武氏はあごひげを生やしていたが、最早「その時」に使用するための小道具としか見えなかった。