outputaroのブログ -3ページ目

普段から人をイラつかせる言動を取っていると、いざ自分がひどい目に有った時にも、半笑いで対応されてしまうので、気を付けようと思いました。

不善を追求されそうになると、差別だと言逃れする。

 

被害者と呼ばれる立場に居る人が、正しく純粋とは限らないと認識するだけの知性は持たないとね。

 

真っ当な世であってほしいと発した言葉が、利用されるのだけは御免だ。

とある曲を聞いて。

その人自身の何かがあるはずなのに、プロデューサーの音楽性に飲み込まれてしまっているようで、自分はがっかり。

あなたを変えた奥さん。

あなたを変えるに至らなかった子供。

誰かにとって本当に大切なことを、「娯楽」として消費してしまうやり切れなさ。

 

ニュータウンに苛立ちを感じるのは、そこにのっぺりとした大量消費文化しかないように感じるからだ。

もっと、多様性の有る一筋縄では行かない文化に触れたい。などと、思うのは私の思い上がりだとわかってはいるけど。


メディアに出ている、ある若い女性の母親が亡くなった時に、遺された若い女性に対して「禁治産者にすべきでは」という書き込みを見て、凄い事を言う人もいるもんだのと思ったが、最近のニュースを聞くと本当にそうすべきだったのではと感じてしまう。
10年前後、いろいろと活動を続けてこられたのは本人の力があるからだと思う。
でも、そこであの肩書を名乗ることによって、失笑の対象になる。そこの立ち位置じゃ、お話にならない。別の分野での活躍を混合させてはいけない。自分のやってきたことさえ、台無しになる。
バカな物言いに寛容すぎるのはどうかと思う。

本人のおかしな定義を植え付けようと、前向きな言葉を前面にして、意義を唱える意見を蹴散らしていくのはブラック企業のやりかたじゃないか。

ある意味、詐欺師。