なんとなく、なんとなく
ジョン・アーヴィングの小説『第四の手』に、ウォーリングフォードという主人公の男が、日本で開かれるフェニミズムのシンポジウムへ取材に行く場面がある。世界中の社会活動家や学者などの女性が東京に集まる中、日本の出席者はなぜか芸術家ばかり・・・。
少しばかりアートをかじった事がある人間からすれば、痛快のひと言に尽きる描写ではある。
村上春樹のエッセイを読んでいると、ニューヨークの小説の編集者は女性が多い、という話をときおり目にする。それも既婚者。
理由は簡単で、広告収入がある雑誌と違って、小説の編集者は給料が安いから(らしい)。家族を食べさせる必要がある男性は、割にあう仕事をしなければいけない。だから男性の編集者は少ないのだそうだ。
つまり、職業選択が”自由”なので、給料が安い仕事を男性は”選ばない”。だから”結果的に”女性が就く事が多いという事らしい。
これは日本の芸術家についても同じ事が言える。
女性の場合、男性と違って自立して働かなくても最終的に嫁に行って孫の顔を見せてくれればいいと思われていた。中流家庭の手厚い保護の下で育った女性は思う存分「好きな事」ができる。被扶養者だからやりたい仕事が出来るのである。(ただし、これも80年くらいまでに生まれた女性の感覚であるように個人的には思う。)
そうした中産階級的な文化と対照的といえるのが、日本のパートタイム労働である。なるほど、確かに労働の対価が人間の価値を決めているわけだ。アメリカで低所得層の人(とくに有色人種)が保険を受けるために軍に入隊して、イラクやアフガンの前線に送られるという社会構造もこれに同じ。
男女平等、自由だから好きな職業に就ける、といった通念とはあまりにもかけ離れた現実がそこにはある。
実力があれば男女の差は関係ないと言っていても、実際には性別で仕事の内容が決まっている事が多い。
新卒採用で未知数の人間を値踏みしているにも関わらず、うちの会社は実力主義だなどと冗談のような発言をする企業家もいる。
ならば、来るもの拒まず一律インターンにすればいい。実現する意思があればこその理想である。理想に手垢をつけたくないならば、決して口には出さない事だ。
そういえば、『第四の手』の主人公は日本人の英語のイントネーションを笑いの種にしているような俗人だったが、前述の件も含めて、作者のアーヴィングは、その辺は皮肉たっぷりに、しかし実に中立的な視点で書いている。惜しいのは、小説自体が冗長であまり面白くない事なのだけど(翻訳のせいかもしれないが)。
・・・ぜんぜん関係ないが、民主党員がキャバクラの勘定を経費で落としていたのには呆れた。
しかし、鳩山総理の北海道の事務所の賃貸問題は総務省の指摘だそうだ。相場がいくらでも、誰がいくらでビルを貸そうが勝手なんじゃねーの?むしろ、官僚のほうがいつもそうやって談合まがいのことをしているのでは・・・「かんぽの宿」とか。
総務省の給与や退職金が、一般企業の従業員のものより多いから下げてくれ、と言ったら、総務省の官僚は、自分達の給料を下げて国民に還元してくれるのだろうか。
僕は、いま、期待している。
少しばかりアートをかじった事がある人間からすれば、痛快のひと言に尽きる描写ではある。
村上春樹のエッセイを読んでいると、ニューヨークの小説の編集者は女性が多い、という話をときおり目にする。それも既婚者。
理由は簡単で、広告収入がある雑誌と違って、小説の編集者は給料が安いから(らしい)。家族を食べさせる必要がある男性は、割にあう仕事をしなければいけない。だから男性の編集者は少ないのだそうだ。
つまり、職業選択が”自由”なので、給料が安い仕事を男性は”選ばない”。だから”結果的に”女性が就く事が多いという事らしい。
これは日本の芸術家についても同じ事が言える。
女性の場合、男性と違って自立して働かなくても最終的に嫁に行って孫の顔を見せてくれればいいと思われていた。中流家庭の手厚い保護の下で育った女性は思う存分「好きな事」ができる。被扶養者だからやりたい仕事が出来るのである。(ただし、これも80年くらいまでに生まれた女性の感覚であるように個人的には思う。)
そうした中産階級的な文化と対照的といえるのが、日本のパートタイム労働である。なるほど、確かに労働の対価が人間の価値を決めているわけだ。アメリカで低所得層の人(とくに有色人種)が保険を受けるために軍に入隊して、イラクやアフガンの前線に送られるという社会構造もこれに同じ。
男女平等、自由だから好きな職業に就ける、といった通念とはあまりにもかけ離れた現実がそこにはある。
実力があれば男女の差は関係ないと言っていても、実際には性別で仕事の内容が決まっている事が多い。
新卒採用で未知数の人間を値踏みしているにも関わらず、うちの会社は実力主義だなどと冗談のような発言をする企業家もいる。
ならば、来るもの拒まず一律インターンにすればいい。実現する意思があればこその理想である。理想に手垢をつけたくないならば、決して口には出さない事だ。
そういえば、『第四の手』の主人公は日本人の英語のイントネーションを笑いの種にしているような俗人だったが、前述の件も含めて、作者のアーヴィングは、その辺は皮肉たっぷりに、しかし実に中立的な視点で書いている。惜しいのは、小説自体が冗長であまり面白くない事なのだけど(翻訳のせいかもしれないが)。
・・・ぜんぜん関係ないが、民主党員がキャバクラの勘定を経費で落としていたのには呆れた。
しかし、鳩山総理の北海道の事務所の賃貸問題は総務省の指摘だそうだ。相場がいくらでも、誰がいくらでビルを貸そうが勝手なんじゃねーの?むしろ、官僚のほうがいつもそうやって談合まがいのことをしているのでは・・・「かんぽの宿」とか。
総務省の給与や退職金が、一般企業の従業員のものより多いから下げてくれ、と言ったら、総務省の官僚は、自分達の給料を下げて国民に還元してくれるのだろうか。
僕は、いま、期待している。