日本の終わり | マイノリティ・リポート

日本の終わり

文化の底の浅さが気掛かりなのである。

日本の批評は、誰でもない人間が作ったものに対しては重箱の隅を突くように評価が辛い。
しかし、これが職業作家相手では盗作にすら寛容になるようだ。
一億総2ちゃんねる化と言った方が分かりやすいかもしれない。

長いものに巻かれていては己が悪意にも気づくまい。
「源氏物語」の文を交わす場面をEメールに置き換えるような「あんみつ姫」程度の翻案を
新聞の文芸評は「極端」と書く。
評者がうぶなのか、ただ単に日常を含めて小説以外の事が眼に入らないような生活をしているのかは僕には知る由もない。

遠くない未来、僕は日本を離れるだろう。
そして、日本に終わりが来る。
僕が居なくなるからではなく、ボイコットが起こって手を汚すものが居なくなるからだ。
人々は深く悔いるが既に遅く、その頃には僕が何を書いたかなど忘れてしまっているだろう。
彼らがいま、誰から何を盗んだかを忘れたがっているように。