台湾の福祉の状態は一言で言うと日本の介護保険の施行前だと思います。


近い将来介護保険に似た制度が施行されると思います。ソーシャルワーカー類は独立した分野ではなく医学と密接して育成している様子でした。認知症が発症しないというデイサービスについては耳にしました。くわしい内容は今ん所は不明でした。


では施設についてみてみます。行政が運営している施設は、介護保険制度施行前で身体拘束があるのが目立ちます。その点は日本より遅れていると思いますそして、手すりが壊れている個所や子供対象福祉の施設は改造したての空気が伺え子供にしては手すりが高すぎたりしていました。そして手すりに車いすや荷物が置いてあるところがちらほらうかがえて危険性についてそれを解消するための対策が予算不足でできないということがきこえました。もし日本の施設でこのような事が行われていた場合は問題が起きる可能性があるかも知れます。私の見た中ではその様な光景は伺えました。その様な光景の中で福祉の考え方が若干管理している面が伺えました。

 そのなかで、私は日本の福祉を見ますと、介護保険の中で様々な考え方や方法が生まれてきたと思います。特に高齢者の分野で言うと高齢者を顧客としてとらえる考え方が発生して、高齢者自身の権利意識ができたように思われますが、地域に行くにつれ措置の時代と変わりがないところがちらほら存在しているのではないかと思われます。そうみると日本の福祉は最先端を進んでいる気がします。


なぜ台湾は日本の福祉を手本にするのかと疑問に持ちました。日本に帰ってきて北欧の福祉について少し調べてみました。


本日のメモ「台湾は介護保険制度を導入するかもしれない」

本日の一言「手すりのゆくてを車いすで塞いだり、手すりが壊れたまま放置している施設が存在しているかもしれない」


海外の福祉について興味がわいた方わいていない方もワンクリックぷリーず


にほんブログ村 介護ブログ 高齢者福祉・介護へ
にほんブログ村



にほんブログ村 介護ブログ 介護職へ
にほんブログ村

村民を満州(中国東北部)に送り出さないことを決意した村長


佐々木忠綱村長は見たものしか信じない性格だと記事に書かれていた。


ただ本心では満州移民を反対していた村長だと思うが、職務上推薦せざる事態もあった。。。


一方変わって終戦後満州移民の引き上げは過酷な事態で日本に帰れなかったのは多くいたまた

中国残留孤児ができてしまった経緯もある。そのなかで送り出した村の村長が自殺した。


それから戦後の混乱期、佐々木村長は村長職を辞めて議員になった。


そして富士山の西麓地域の開拓事業に乗り出した。


それがこれ

ふじあざみ65号  


それは国策の一つである事業に参加した。


私はその記事を見て信念が感じられた。


だが、見た光景だけを信じる大切さがあるのではないかと考えさせられた。


台湾の事前勉強を重ねこういう視点を大切にする必要だと感じられた。


見学するという大切の視点の一つだと思う。


その大下條村は私の出身高校の所在地であり、何らかのつながりがあったのかなと思っている。また、高校時代の施設訪問後の感想文を書かされたことが役に立つこと実感させられた。


そして自殺した村の村長の心情については、考えさせられた面がある。どっか心に突き刺さった内容だと思う。

本日のメモ「事前情報で左右されず見たまんまの姿もまとめておく必要があるかもしれない」

本日の一言「高校の時の感想文は当時は苦痛でたまらなかった。」


最後まで呼んでくれてありがとうございます。ついでにワンクリックしてもらえるとさらにうれしいです。


にほんブログ村 介護ブログ 高齢者福祉・介護へ にほんブログ村 介護ブログ 介護職へ
にほんブログ村  にほんブログ村

台湾に行く前に私はこの記事をみた。


信濃毎日新聞 特集 土の戦士

 

私の地元は満蒙開拓団(中国東北部とモンゴルの一部)を送り出した過去がある。そして近くの山にはその慰霊碑があった。


だが、この記事を読む前は私はほとんどの村が送り出したのかと思っていた。


だが、個人での送り出しには反対はしなかったが、村として送るのを反対した村長


がいたことは気付かなかった。


その村長の名前は佐々木忠綱村長


満州に村民を送ることになれば補助金や融資など村を立て直せる機会があったはず。


しかも山で耕せる所はない村にくらべ満州は平野の土地土が豊かであると聞いていたと思われる。


だがそれまでも村として移民をさせなかったのはなぜなんだろうか?


付近の村長たちと施設へ満州に行ったときに佐々木村長は何を見たのだろうか?


新聞ではこの様に書かれている。


満州の人々を追い出した後に入植した形跡が見受けられたと語っている。


そのうち力関係が逆転するのではないかと村長が考えていたのかもしれない。


だが、他の人たちはどう考えていたのかというと魅力にあふれた土地だったかもしれない。


佐々木村長は村議会で全員一致で2回も選ばれている過去があるそして、2回目は説得されて務めていた。


矢祭町の町長と同じ状態だったかもしれない。


たが私から見ると佐々木村長の肩には村民の命がかかっていたであろうか。


それはどんなに大変なものだろうか私は計り知れない重さがあったかもしれない。


続きは次回に


本日のメモ「物事を十分に見渡して細かいところまで見逃さなかった村長のすごさがある。」

本日の一言「満州って知っている?私は満州について知ったのは小学校のころだった。」


福祉とは関係ない事を書いていると思っている方思っていない方もワンクリックプリーズ


にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村


にほんブログ村 介護ブログ 高齢者福祉・介護へ
にほんブログ村


にほんブログ村 介護ブログ 介護職へ
にほんブログ村