皆さまは取っ組み合いの喧嘩をしたことはありますか?

異性に、親に、子供に、というより間柄を問わず人に手を挙げたことは?

別に答えを求めているわけではないのですが、ちょっと聞きたくなったもので。




今回こんな記事を書こうと思ったのには根拠があるんだけど、それは最後にお話します。

「暴力」という単純で卑劣な行為の是非、難しいものですね。













俺に縁のある「暴力」を紐解いていくと、まずは遡ること10年前。

中学1年の2学期(だったかな)、とある札付きの1グループに俺が目をつけられました。

後になって分かった理由は「目つきが悪かったから」だそうですが、

奴らの心情から言えば理由なんて何でも良くて、

たまたま俺が目に付いて「今度はあいつ」的なとこでしょうね。





部活が休みのとある放課後、正門を出るとチャリンコに乗った連中が待ち構えていて、

「何か調子乗ってね?」やら何やらでボコボコにされました(汗笑)

何でターゲットにされたのか意味不明なまま、されるがままの俺は連中を睨みつける。

すると「何かこいつの表情すっげムカつくんですけどw」となる。

家の手前までそんなことが続いて、「おまえ抵抗とかしたらさ、マジ殺すよw」とナイフを突きつけられ。





元来、こういうことをされると「恐れ」よりも「怒り」が先行する性格なので、

泣きべそかくなんて情けない面はしなかったけど、相手はグループだし、凶器持ってるし。

・・・と、こんな風に書いていますが、

このことが俺の中学時代に暗い影を落とさなかったのは、騒動の2日後にはあっという間に解決したから。




結果的に、親は然るべき手段に出て俺を守ってくれた。

サッカー部に入り、試験成績も上位で、「良い子ちゃん」で通してた俺を、職員室も守ってくれた。

幸いなことにクラスの連中も、これに便乗してシカトしたりせず皆して俺をかばってくれた。




皆に助けを求めるばかりで、俺は速攻で安全なシェルターに隠れた。

そういう状況に、中学生ながら無性に胸糞悪さを感じました。

その頃から俺は、無性に「強くなりたい」と考えるようになります。

今でも背は小っさいけれど、中学生の頃はもう本当に小さくて(中3まで150なかった汗)、

そういうコンプレックスもあったのかもしれません。





高校に入って少しした頃、俺は地元にあるボクシングジムに入りました。

当時、テレビでは『ガチンコ』が流行っていて、

何より人気だったのが「梅宮ぁ」で有名な、そう、「ガチンコファイトクラブ」さね(苦笑)

ご他聞に漏れず、俺もその一視聴者でした。

そこで、某元世界チャンプがこんな事を言ってた。





「戦ったら自分の方が強いかなと思えるから、どんな理不尽なことをされてもグッと耐えることができる」





根が単純だからか、「そうか・・・」と聞き入ってしまった(苦笑)

それから一ヶ月もしないうちに入会。

トレーニングは辛かったけど、文字通り3年かけて俺は「強く」なりました。

そもそも拳の入れ方や重さが変わるし、身体の動かし方も全然別物になります。

今ではだいぶ錆が入っちまいましたが、

それでも当時、素人相手の1対1なら、体格差に関係なく負けなかったと思います。




とはいえ、退会する直前にプロテスト直前の方とスパーで当たらせてもらった時には、

アゴに1発もらって、ヘッドギアをつけていたのにその晩吐き気が止まらなかったりもしたけど(苦笑)





「強くなった」ことで、達成された目標もありました。

ウチの高校はインテリ高呼ばわりされてたこともあり、もっぱら「からまれる」専門だったのですが、

駅前のモール街でお兄ちゃん達に呼ばれても、全く恐怖心はなかったし、

何より「野郎としての自信」に繋がりました。




ボクシングを始めてから現在に至るまで、人に自分の拳を使ったことはただの一度もないけれど、

某チャンプの言うように確かに「穏やか」にもなれたし、

「ジム経験者」という看板が、他者への威嚇にもなった。





けれど、そういう身体の「成長」に比べて、内面がガキのまま。

某チャンプの言を借りれば、

「戦ったら自分の方が強いかなと思えるから、どんな理不尽なことをされてもグッと耐えることができる」

というフレーズの「戦ったら自分の方が強い」にウェイトを置き過ぎていたきらいがありました。





これって、いつかの不良グループとやってること変わらん。

懐にナイフ隠し持ってニヤニヤしてんのと一緒だ。

俺がボクシングを始めたのは優越感を得るためだったのか?





浪人生活が始まる頃から、俺は「ジム経験」を隠すようになりました。

大学時代の仲間内でも知ってるのは半分もいない(はずだ)し、ましてやローでは皆無です。

むしろ、大学では仲間と悪戦苦闘しながら「内面を膨らます」ことを意識していた感じがします。





この「内面を膨らます」過程で切っても切れないのがお嬢様という存在。

今回の記事内容と関連する、ちょっとしたエピソードがあります。

ふとしたきっかけで、ウチらは過去に例を見ない大喧嘩をしたことがありました。

ちなみに、この経緯については数年前に「じゃじゃ女様大爆発」という記事で軽く触れたんですけどねw




そのピーク時、散々言い争いをした末に出て行こうとするお嬢様を取っ捕まえようとして。

過失とはいえど、女に対して思わず有り得ない力で腕を掴みました。

逆上するお嬢様の取った行動。

その1:Diorのバッグで俺の顔をマジ殴り

その2:俺のお気に入りの大作、「大阪城」のジオラマを破壊orz

その3:人様のケータイを遠投

ひとしきり破壊行為が終わって、お互い憮然としたまま座り込んでると、お嬢様の異変が発覚して。




さっきの俺の一掴みで彼女の肩が脱臼してました(苦笑)

今でこそ(苦笑)とか言ってますが、当時は大変だった。

即病院行きは当然として、俺は自己嫌悪で向こうに顔向けできるはずもなし。





「私も○○○(本名)のもんぶっ壊しちゃったから、おあいこだから」

「・・・じゃあさ、あそこでジュース買ってきて♪」

ケロッとした表情で言ったこの言葉は、奴なりに病院で一生懸命考えた思いやりなんでしょう。

普段、「ぽわわん」という効果音が目に見えるような生粋のお譲様である彼女は、

こういう時にだけほんの一瞬、精神面の「強さ」を見せます。




「年下だから」とか「女だから」とか、そんなんこざかしいわぃ。

私はあんたの相方なんだから、嬉しいときも悲しいときも、

こんな風に大喧嘩したときでも、手加減なんかすんなよ。

受け止めてやっから、全力で「かかってこいよ」。




俺はこいつにはある意味一生勝てないだろうな、こんなことを考えます。

彼女のこういう強さは、昔の俺が欲していた強さでもあり、

また俺相手にここまで身体を貸してくれる彼女に、人間としても女性としても魅力を感じたりする。

俺が奴を「一女性」以上の目線でいつも見ているのは、こういう部分に由来するのかもしんないですね。







23年間、俺のさして長くもないこれまでの人生の中でも、

こんな風に、許されない暴力があり、中身のない暴力があり、

でもって何かに気づく暴力がありました。

ものは言い様、それこそ様々だけど、それでも全てに共通しているのは、

いかなる暴力にも、何とも言えない後味の悪さが残ること。




正しい暴力なんて存在し得ない、というのが俺の結論。

というより自明の理でしょうか。

なのにこの世から暴力が消滅しないのは、それが人間の性だから、なのかな。









最後に、こんなまとまりもへったくれもない記事をかいたきっかけ。

昨日、終電間際の時間にローを出て、俺は市ヶ谷から総武線に乗りました。

時間が時間だけに、それはもう人で一杯の総武線。




ふと、俺の目の前で言い争いが始まりました。

因縁をつけている方は、「肩がぶつかった」だの「何見てんだよ」だのと騒ぎ立てる中年の会社員。

明らかに泥酔しているのが見て取れます。

因縁をつけられている方は、「我関せず」と黙って電車に揺られる中年の(かつ素面の)会社員。

スマートで大人な対応をしています。

一駅、二駅と過ぎるうちに泥酔客の行為がエスカレートしていきました。

罵声はどんどん大きくなり、おまけに酔っていて足元がおぼつかないせいで、

電車が揺れるたびに近くの乗客にぶつかり、傍にいたOLさんは怯えて後ずさる。





数分後、秋葉原。

一斉に乗客が降りると同時に、泥酔客はその中年社員に大声で言いました。

「情けねえなおい! 何も言えねえのかよ! あ!?」

でもって、はっきりとは見えなかったけど、持っていた傘で彼の胸元をはたきました。





10分近く耐え続けていたのが、これで限界になってしまったんでしょう。

「きゃ!」という女性の悲鳴で振り返ると、彼は泥酔客のショルダーバッグを掴んで、

そのまま一気にホームの床に引き倒していました。

そこからはもう殴り合いです。

二人を囲むように同心円の人だかりが出来る中、何人かのサラリーマンが巻き添えになりながらも制止します。





それでも俺は、さっさと帰りました。

「次の接続を逃すと、終電に乗れなくなる」、正当な理由もあります。

でも、サラリーマンと一緒に割って入ることも出来た。

「面倒臭い」「関係ない」

そういう思いが、少なからずありました。




いい年をして公衆の面前で醜態をさらす酔客。

目の前で殴り合いが起きているのに、興味深そうに遠巻きから眺める大人達。

「関係ない」と早々に立ち去る俺。

何かもう本当にひどいもんです。





中でも、関係ないと立ち去った俺って一体。

こんな奴が「社会正義の実現云々」とかぬかして法曹目指してますよ、と思うとね。

帰りの常磐線では基本書もまるで頭に入らず、久しぶりに「落ち」ました。





暴力と人間との業というか何というか・・・。

本当難しいもんですね。

何か会心のネタでもかまして、パーッと派手に記事を締めたい気分ですが、

ま、いいでしょう、たまにはこんな締めも(苦笑)