あけましておめでとうございます♪
ブロガーの皆さま、今年もよろすく~
・・・何か?
既に「あけおめ」の時期じゃなかろうが、ウチのブログは新年じゃぁい!
という訳で(どんな訳w)、今日は新年一発目の記事として『博物館』のお話を。
皆さまは、『初詣』というとやっぱ神社に行きますわな。
当然俺も例外ではないのですが、今回は東京国立博物館に行って参りました♪
東博の『博物館に初もうで』というキャッチコピーに魅かれて・・・。
・・・というのは嘘ですw。
以前よりお話している通り、俺は日本史が大好きなのね。
で、年に2回くらい(少ない?w)は一人でも美術館やら博物館巡りしてるんだけど、
たまたま東博のHPを見てたらば、なんと、
国宝『松林図屏風』が出る!
興味ない人にはどーでもいいかもしれませんが、
まぁ安土桃山期なら、等伯と永徳の両者の作品は死ぬまでに観ておきたいのですよ♪
(あ、ちなみに↑の『松林図屏風』は等伯の作品です。)
つう訳で、もうこりゃ行くしかねぇと。
・・・嘘です(汗汗汗)。
『松林図屏風』がどうしても観たいというのは本当ですが、これだけでは動機としてやや弱い。
HPを見たところ、新年の開館初日は平常展『無料』とありました。
こいつが最大のきっかけです(なんという現金w)
でも、結局何だかんだで行ったのは開館日の翌日だったんで、その恩恵にはありつけず(おい汗)。
で、何はともあれ1月3日。
三が日の最終日、行ってきましたよ東博に!
相方はこないだの記事で大々的に取り上げたじゃじゃ女様(元彼女)。
相当嫌がってましたけどね(注:奴は日本史大っ嫌い)。
でも紆余曲折の末「行く・・・」と仰られたので、同行してもらうことにしました♪
さてさて、まずは当日の風景からちょっくらどーぞ。


上が本館、下が表慶館ですね。
当日、ウチらが入館したときは結構人もまばらだったんですが、
本館を出る頃になると、かなりの混み様になっておりました。
あ、それとご覧の通りの雲一つない青空♪
本館に入り、早速『松林図屏風』を鑑賞。
さすがに国宝だけあって、係員の数も多め(汗)。
鑑賞する前に心がけたことは、「国宝だから凄い」という姿勢で観ないということです。
よく美術館とかに行くと、無名の作品は足早にスルーして、
重文やら国宝やらの前に立つと「まぁ~♪」とか連呼するばb
・・・もとい、中年のご婦人一行を見かけます。
ああいうのって何か凄く嫌。
俺もミーハーに毛の生えた程度ですから、
『国宝』っつうネームバリューを完全に取っ払うことは出来ないでしょうが、
どうせ観るなら、自分なりにきちんと評価をしないと。
その上で「年代的にも、技術的にも凄い。やっぱ国宝」と思いたいんです。
逆に「今の俺には良さが分からん」と思うのであれば、それはそれでいいとも思ってます。
つか、これって芸術作品に限らず、何にでも当てはまる俺のポリシーだったりしますな♪
アーティストの音楽にしろ、お笑いにしろ、それこそ何でも。
はっきり言っていまいちと感じたのに「凄い凄い(汗)!」と評価すんのは何か違うなぁと。
例えば新曲が出て、どーしてもピンと来ないのに、
ファンサイト覗くと無条件に「神!」とか褒めちぎられてると「ん?」と疑問を感じたりします。
まぁ、個人のセンスは千差万別なんで一概にそうとは言えませんけども。
要は「安易に流されすぎないこと」です♪
そして、いつも通り話が逸れましたw
そう、『松林図屏風』についてでしたな。
これはもう一言で。
素晴らしかったです!
まずは知らない方のために、俺なりの幼稚な解説をば。
長谷川東伯は安土桃山期の芸術家でございます。
安土桃山期というのは江戸期の直前にあたり、秀吉のいた時代というと分かりやすいかもですね。
16世紀末、今から約400年ほど前のお人です。
この人と対に挙げられるのが、狩野派の天才、狩野永徳という芸術家。
上でちらっと触れた「等伯⇔永徳」という書き方はこっから来ています。
二人の得意分野はというと、
等伯が、かの有名な雪舟の様式を踏まえた水墨画であるのに対し、
永徳は、濃絵(だみえ)に象徴されるような鮮やかな彩色の襖絵など。
寂寥感溢れる作品を描く等伯と、豪壮華麗な永徳、というわけですな。
勿論、この二人の天才が残した作品群は、常にこんな風に対比できるような単純なものではないけど、
とっかかりとしてはこんな感じです。
で、その『松林図屏風』。
本当に「浮かび上がる」作品です。
誇張でなく、数分間観てると本当に作品の光景が浮かび上がってくる。
冬の寒い朝、霧のかかる松林にいつの間にか立っていて、
それこそ湿気を感じたような気分になります。
しばらく全体を観てから、こんどはガラスの直前にまで寄って鑑賞。
ここで再度びっくり。
何がといって、全体の完成度からは想像もつかない細部にです。
批判を恐れずに言えば、すごく「雑」にも感じられるんですよね。
竹筆で引き上げて書いた松の葉の部分は引っかいたように、
濃淡を使い分けた松林の「濃い」部分は、それこそ塗り潰すように、
でもって、松の枝ぶりや根の部分はそれこそ一息で書いたような印象。
「あんた、何にも考えないで書いたべw」と勘ぐってしまいたくなるような。
それが、再び後退して左右両隻の全体像を見ると、
またボォッと幻想的な光景が広がる。
全てが一体的で、まるで無駄がない。
写実に徹してはただの風景画になってしまう、この構図。
故に、描こうと思っても、こういう作品自体が「独り立ち」するようなものはなかなか描けない。
まさにセンスが要求される作品だと思います。
解説では、これらの演出に用いられた技術について詳しく述べられていましたが、
これらが全て等伯の緻密な計算によるものなのか、
それともインスピレーションのままに一気に描き上げたのか。
実際のところは本人のみぞ知るです。
けれど俺個人としては、大袈裟かもしれないですが、
これを描いている最中の等伯には、ほんの一瞬神が降りていたのかもと感じました。
『松林図屏風』の前には観賞用の座席が設けられていたんですね。
気が付いたら15分くらいそこに座って、ただぼーっと眺めていました。
じゃじゃ女様のおもりも忘れて(ごめんなさいw)
おじさまやおばさまに混じって座席に佇む、「茶髪を突っ立てた」大学生の光景は何とも珍妙w
いや、でも久々に見入る作品を拝ませていただきました。
国宝なんでなかなか一般公開はされませんが、ぜひ観ていただきたい作品です。
さて、今回の東博の企画『博物館に初もうで』は『松林図屏風』だけじゃありません。
「日本美術の流れ」として、フロアを回るごとに縄文期から江戸期までの日本美術が眺められます。
あれもーこれもーと語りたい作品はあるのですが、
字数の関係上、今回は『松林図屏風』だけで我慢w
『松林図屏風』のときは、
上で書いたような俺の講釈を「70へぇ」とかほざいてたじゃじゃ女もw、
浮世絵には多少興味をお持ちになったようで。
歌麿の美人画には結構見入ってましたな。
じゃ「こういうのとかは分かる。何かで見たことあるし♪」 俺「これはあれだ、美人大首絵だ」 じゃ「おおくびえ」 俺「胸から上のアップを描いた美人画っていう感じ」 じゃ「あぁ♪」 俺「当時の美人画とか役者絵ってのは、今でいうグラビアみたいなもんですげー人気だったんだわ」 じゃ「へー!」 俺「で、その大首絵で面白いのは美人画の歌麿、あとは役者絵の写楽かなぁ」 じゃ「東洲斎写楽!」 俺「(来た!)写楽っつうと未だ謎の多い絵師でな、それは・・・」 じゃ「(やべ、地雷踏んだ)」 数・分・後・・・ 俺「て訳なんだけど、歌麿と写楽には蔦屋重三郎っつう共通のパトロンがいて、こっから・・・」 じゃ「(だめだこいつ、早く何とかしないと・・・)」
ほとんどこんな会話w
本館を出ると、次は地下のミュージアムショップへ参るウチら。
いろんな商品を見てると、「おめでとうございます!」の掛け声と共に怪しげな集団がショップ内に・・・
有志による、三が日限定の『獅子舞』のイベントでしたww

分かりにくいですが、真ん中にお囃子と獅子舞の一行がいますw
お囃子に先導されて、みやげもんを選ぶお客さんの頭に次々と噛み付いていく獅子舞。
ちなみに俺も上の写メを撮った直後にカツンとやられましたw。
確か獅子舞に噛み付かれると、その年は無病息災って言いますもんねぇ♪
で、それを見て自ら獅子舞の元に歩み寄るじゃじゃ女様。
お囃子「ではこちらのかわいらしいお嬢さんにも~」 獅子舞「コチン」 じゃ「きゃあ♪」
恥ずかしい・・・w
あ、広場では『和太鼓』なんかもやってましたよ~

かなり盛況でした♪
そんな折。
じゃじゃ女様のガソリンが切れました(意訳:腹減ったということw)。
ご飯ものが食いたいとのことだったんで、行き先は『ちゃぶぜん』。
『ちゃぶぜん』ってのは上野のエキナカにある定食屋で、帰省する際には俺御用達の店ですw
値段は『大戸屋』とおんなじくらいなんですが、具沢山のみそ汁とかはねぇ・・・泣けますぜ。
名前忘れたけど、俺が「すき焼き鍋定食」みたいなので、じゃじゃ女は「さばの味噌煮定食」とか。
こんなんが出てきました♪

んまかった♪
長い付き合いなんで、好きじゃない柴漬は、隣の女が勝手に食っていきますw
さて。
『ちゃぶぜん』を出た後は攻守交代で、今度は俺が奴の行きたいとこに散々付き合わされた訳ですがw、
何はともあれ、俺的にはなかなか印象に残る三が日になった感じです。
今年の三が日は初詣だけだった、あるいはどこにも行かんかったという皆さま。
来年の年明けは、『博物館に初もうで』なんていうちょっと変わったお出かけも面白いもんですぜ♪