| 『不合格体験記 1』 |
おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 『平家物語』より
高校生の俺。
思い返すだけでも、引きつり笑いをしそうなのですが、
俺の高校時代は「最高に楽しかったぁ~」のと同時に、一種の「黒歴史」でもありました; ̄▼ ̄)
思い返すだけでも、引きつり笑いをしそうなのですが、
俺の高校時代は「最高に楽しかったぁ~」のと同時に、一種の「黒歴史」でもありました; ̄▼ ̄)
まずは、そのきっかけである中学期にズーム・・・イン。
俺が輝いてた頃のお話になりますんで、
相当「ウゼ・・・」と思うでしょうけども、しばしお付き合いあさぁせ。
相当「ウゼ・・・」と思うでしょうけども、しばしお付き合いあさぁせ。
中学生の頃、学年全体からみても「頭いい部類」に属してた俺は、まさに栄華を極めておりました。
地元の学習塾に入ってたせいもあり、中間・期末考査の順位は1ケタを外れたことがなかった。
運のいい時は、『連覇』を達成したこともあります。
地元の学習塾に入ってたせいもあり、中間・期末考査の順位は1ケタを外れたことがなかった。
運のいい時は、『連覇』を達成したこともあります。
・・・懐かしいなぁT_T)
んで、中3になって受験期に入った頃、
地元の学習塾から駅前の進学塾に鞍替えをして、見も心も『ザ・受験生』に♪
地元の学習塾から駅前の進学塾に鞍替えをして、見も心も『ザ・受験生』に♪
さて。
中学から高校にかけての俺の性格はっつうと、もの凄い敵を作りそうな感じ。
異常なほどにプライドが高く、「優越感」をガソリンにしてるようなマセガキでした。
そのくせ、「今回は俺が勝ったな」とか「次からは頑張れ」とか・・・
自分のプライドを傷つけられるような発言をされると、相手によってはキレる。
・・・そんなマセガキ、いや、クソガキだった。
異常なほどにプライドが高く、「優越感」をガソリンにしてるようなマセガキでした。
そのくせ、「今回は俺が勝ったな」とか「次からは頑張れ」とか・・・
自分のプライドを傷つけられるような発言をされると、相手によってはキレる。
・・・そんなマセガキ、いや、クソガキだった。
サッカー部で、かろうじで体育会系だったのが唯一の救いだったのかもね。
これでガリ勉系だったら、中学時代は周りからシカトの対象になっててもおかしくなかったと思います。
これでガリ勉系だったら、中学時代は周りからシカトの対象になっててもおかしくなかったと思います。
運動部に入ってるけど、チビで(確か当時は、中3で150なかった)、
プライドが高く、優越感に浸るのが好きで、そのくせ理屈っぽくて、
自分より「出来ない」相手に対する口グセは『バカ』(本当です)。
・・・ほら、皆もイラッとしてきたでしょう; ̄▼ ̄)
プライドが高く、優越感に浸るのが好きで、そのくせ理屈っぽくて、
自分より「出来ない」相手に対する口グセは『バカ』(本当です)。
・・・ほら、皆もイラッとしてきたでしょう; ̄▼ ̄)
成人式で久々に会ったとき、男からも女からも何度か言われたセリフが
「キャラ本当に丸くなったよねぇ」
・・・相当ベタベタしてトゲトゲしてたんだなと実感しました; ̄_ ̄)
「キャラ本当に丸くなったよねぇ」
・・・相当ベタベタしてトゲトゲしてたんだなと実感しました; ̄_ ̄)
そんな「小天狗」は、高校受験で晴れて第一志望の県立に合格しました。
そこは、県内はおろか全国でもそこそこ名の知れてる超進学校で、
『東大輩出○○名』とかを謳ってるトコでした。
そういう事もあり、俺は親戚内では「稀代の親孝行者」っつう扱いになった。
そこは、県内はおろか全国でもそこそこ名の知れてる超進学校で、
『東大輩出○○名』とかを謳ってるトコでした。
そういう事もあり、俺は親戚内では「稀代の親孝行者」っつう扱いになった。
小天狗には、何もかもが順風満帆でバラ色に見えました。
彼の「調子こき」は、ここに極まったわけです。
彼の「調子こき」は、ここに極まったわけです。
さてさて。
ベタドラマにありがちな展開ですが、こっから小天狗の没落が始まります。
イラッとしてた皆様も胸がスッとすると思うので、お楽しみくださいませ(笑)
イラッとしてた皆様も胸がスッとすると思うので、お楽しみくださいませ(笑)
| 2000年、春。 |
晴れて高校生になったおいら。
高校では最初の学力試験がありました。
結構手応えはあった「つもり」でした。
ところが・・・
高校では最初の学力試験がありました。
結構手応えはあった「つもり」でした。
ところが・・・
しばらく経って、総合順位等の記された席次表を見てみると・・・
・・・190/360(位)ぐらい。
当時の小天狗にとっては、コレが結構凹みました。
小・中学校と1ケタ順位をキープし続けてた俺は、
それなりに手応えのあった試験で「学年全体の半分より下」っつう事実が、なかなかキツかった。
・・・190/360(位)ぐらい。
当時の小天狗にとっては、コレが結構凹みました。
小・中学校と1ケタ順位をキープし続けてた俺は、
それなりに手応えのあった試験で「学年全体の半分より下」っつう事実が、なかなかキツかった。
大げさかもしれませんが、
『俺は凄いんだ、優秀なんだ!』っつう、意味不明かつ絶対的な自信が、
『俺は、大して凄くない・・・のか?』っつう疑問に入れ替わり始めた瞬間でした。
『俺は凄いんだ、優秀なんだ!』っつう、意味不明かつ絶対的な自信が、
『俺は、大して凄くない・・・のか?』っつう疑問に入れ替わり始めた瞬間でした。
その後、中学と同じくサッカー部に入って、友達も一気に増えて、
それでも最初の半年は予習・復習もして、文武両道を自分なりにこなしていた。
それでも最初の半年は予習・復習もして、文武両道を自分なりにこなしていた。
けども・・・
1学期にあった中間・期末考査では、やっぱり180位近辺をウロウロ。
1学期にあった中間・期末考査では、やっぱり180位近辺をウロウロ。
今更になって思うんですが、完全な「井の中の蛙」だったんだと思います。
自分より頭のいい奴なんてのは、広い目で見ればゴロゴロいる。
まして全国にはそれが「万」みたいな人数でいるだろうにね・・・
自分より頭のいい奴なんてのは、広い目で見ればゴロゴロいる。
まして全国にはそれが「万」みたいな人数でいるだろうにね・・・
それを悟って、しっかり自分の中でしっかり認めて、
その上で「俺ももっと頑張ろう、絶対負けん」と奮起したならまだマシだったでしょう。
しかし当時の俺は、
「俺よりも頭いい奴が大量にいたの。とてもショック・・・」
ここで思考が完全にストップした。
「だからどうしようか」という事を、まるで考えようとしなかったのです。
その上で「俺ももっと頑張ろう、絶対負けん」と奮起したならまだマシだったでしょう。
しかし当時の俺は、
「俺よりも頭いい奴が大量にいたの。とてもショック・・・」
ここで思考が完全にストップした。
「だからどうしようか」という事を、まるで考えようとしなかったのです。
例えば「学力」という世界においては、
一つの区切り(ここでは合格ですね)に到達したとき、人間は2パターンに分かれると思うんです。
そこから更に次の目標を目指す者と、そこであぐらをかいて終わる者。
俺の場合は、後者でした。
一つの区切り(ここでは合格ですね)に到達したとき、人間は2パターンに分かれると思うんです。
そこから更に次の目標を目指す者と、そこであぐらをかいて終わる者。
俺の場合は、後者でした。
でもって、高校を「内」、その他すべてを「外」として考えると、俺は典型的な「外弁慶」だった。
校内の自分の学力から目を背けて、踏み止まる努力もしない。
けれど高校の外では、学校名を言うだけで周囲が驚き、ちやほやしてくれる。
そういう状況にアヒャアヒャ笑ってるうちに、ダラダラ時間だけが過ぎていった。
校内の自分の学力から目を背けて、踏み止まる努力もしない。
けれど高校の外では、学校名を言うだけで周囲が驚き、ちやほやしてくれる。
そういう状況にアヒャアヒャ笑ってるうちに、ダラダラ時間だけが過ぎていった。
チンケなプライドというもんは、一度崩れ始めると脆いもんです。
次第に俺の高校生活はラクな方へラクな方へ、楽しい方へ楽しい方へと進み、
2学期が始まる頃には、立派な「勉強嫌い人間」が完成しました。
次第に俺の高校生活はラクな方へラクな方へ、楽しい方へ楽しい方へと進み、
2学期が始まる頃には、立派な「勉強嫌い人間」が完成しました。
ここいらで『不合格体験記 2』に続くのだ。