今日は久々に明るくない記事を書きますが、
出来れば最後まで読んで、そして意見を聞かせて欲しい、そんな内容です。
まずは、YAHOOニュースのコピーを全文掲載しますね。



弁論欠席の弁護士に初の「出頭在廷命令」…最高裁

 山口県光市で1999年、本村洋さん(29)の妻(当時23歳)と長女(同11か月)を殺害したとして殺人罪などに問われ、1、2審で無期懲役の判決を受けた同市内の元会社員(25)(犯行時18歳)の上告審で、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長)は、今月14日の弁論を欠席した弁護人に対し、改めて期日指定した来月18日の弁論に出頭し、途中退廷しないよう求める「出頭在廷命令」を出した。

 命令は15日付。

 出頭在廷命令は、裁判員制度での審理遅延を防ぐ目的から、昨年11月施行の改正刑事訴訟法で新設された規定で、適用されたのは全裁判所で初めて。弁護人が命令に従わない場合、裁判所は、10万円以下の過料と開廷費用の賠償を命じることができ、その場合、弁護士会に懲戒などの処分も請求しなければならない。裁判所が処分請求を行えば、1989年以来、17年ぶりとなる。

 出頭在廷命令を受けたのは、安田好弘(第2東京弁護士会)、足立修一(広島弁護士会)両弁護士。
(読売新聞) - 3月18日0時24分更新




「弁護人の弁論欠席」っつうトピックで、「最近」この事件、及び訴訟を知った人も多いと思います。
俺も今回の一連の報道で、事件の概要を初めて知った者の一人です。
検索等で自分なりに調べてみたので、事件の概要を説明しようと思います。




平成11年(1999年)。
訴訟の原告である本村洋さん(29)と妻の弥生さん(当時23)、
そして娘の夕夏ちゃん(当時生後11ヶ月)の3人が、山口県光市で幸せな家庭を営んでいました。
その年の4月14日。
洋さんが不在時の午後、福田孝行被告(当時18)が強姦目的で洋さんの社宅アパートに侵入。
水質検査を装って押し入り強姦に及ぼうとしたものの、弥生さんが激しく抵抗した為、首を絞めて窒息死させた。
・・・被告はその後どうしたと思いますか?
レイプしたんです、死体を。
そして、傍らで泣く夕夏ちゃんを床に叩きつけた上、用意していた紐で絞殺した。
被告は、その後事件の発覚を恐れて押入れに遺体を隠し、
財布を奪い、その金でゲームをして遊んだ。




これがおおよその概要です。
1審、山口地裁の判決は求刑の極刑、つまり死刑ではなく、無期懲役。
減刑の根拠として、被告の福田には
「犯行に計画性がない」こと
「更正の可能性がないとはいえない」こと
が挙げられました。
ですが、(まだ学んでませんが)、少年法58条には
少年の無期刑は7年で仮出獄できる、という規定があるそうです。


2審、広島高裁で、検察側は新たな証拠として福田が友人に送った獄中書簡を提出しました。
その友人は、洋さんが妻子の思い出を綴った『天国からのラブレター』という本に感銘を受け、
「福田の真実の姿を見せることが裁判には必要」と感じ、手紙の公開に踏み切ったそうです。
その中の一節を紹介します。



・犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま「やっちゃった」、これは罪でしょうか。

・知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うのは悪なのが今の世だ。

・5年+仮で8年は行くよ。どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、速く出たくもない。キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと二度目のぎせい者がでるかも。




この書簡を証拠として提出し、検察側は終始食い下がった。
1審判決の根拠であった、「更正の可能性」というものがいかに表面的なものであるかを立証しようとした。
ところが、2審判決でも
「悔悟の気持ちは抱いている」として、一審の無期懲役を支持し、検察側の控訴を棄却した。

判決文を聞いて、妻の親族に泣きながら「すいません」と謝る洋さんを見て、
「こんな判決は絶対に認められない。
ここであきらめたら、今度はこの判決が基準になってしまう。
たとえ百回負けても、百一回目をやる。」
検察側はそう伝えて涙したそうです。


現在話題になっているのは第3審、つまり最終審の最高裁が舞台となっています。
被告側弁護人が弁論欠席したのも、ここでの事です。
欠席理由として、
「事件の精査が必要であった」こと、そして
「多忙であった」ことが挙げられています。

俺は、初めてこの事件を知った頃、
欠席はいわゆる法廷テク、引き延ばしの為の「戦術」だと思っていました。
今回の一件の直前に、2審段階の弁護人が辞任しているので、
引き継ぎ、概要整理に十分な時間が得られず、
弁論において不利となる事が予想された為に、この様な「手段」に出たのだ、って。

「当たってる」とは言いませんが、外れてもいないと思います。
ですが、詳しく事件を知った今では、
弁護人のこの行動は、一私人としてどうだったのか、と思わざるを得ません。

家族をこの様な残虐な方法で奪われ、被告は反省もしていない。
法律に疎い洋さんが独学で法律を勉強し、訴訟を起こし、
納得のいかない判決の中、決して安くない訴訟費用を必死でまかなっている。

事件当初は第一発見者の自分自身に容疑がかけられ、
「死刑だったらそれでいいのか!」とM大学の教授(死刑廃止論者)に罵られ、
それでもあらゆる辛さに耐えて、今最後の訴訟を起こしています。

死刑判決が下されたからといって、洋さんが満足出来るとは到底思えません。
それでも、被告に対する極刑で、断腸の想いで洋さんは事件に「けじめ」をつけたいのだと思います。
だからこそ、この第3審に最後の望みをかけている。

その想いがおそらく理解出来ていながら、どうして弁護人はあの様な行動を取ったのか。
やっぱり、納得出来ません。
「社会正義の実現(法秩序の形成)」、そして何より「依頼人の利益に反しない(判決含む)」ことが弁護人の義務である事は、もちろん分かってます。


知り合いの父親に、東京弁護士会の弁護士さんがいるのですが、
「量刑相場」で、あるいは判例を多少イジった内容で、判決文を構成する裁判官は、現実に存在すると言っていました。
ドラマ「ビギナー」の世界は実在するんですね・・

弁護士、検察官、裁判官という法曹三者。
「法」を解し、扱う者として、必要なのは知識と分析力、柔軟性。
特に裁判官は、「公平性」を維持する為に、私情や「人間性」は極力排除しなければならない立場にあります。
あくまでも、「人間性」は排除「しなければならない」んです。
けれど、現在は「人間性」が「死んでしまっている」法曹が多すぎる。

「法曹の卵の卵」の俺のこんな「主観」は、
実務家からすれば「幼稚の、そのまた幼稚」だと思います。

ですが、もし俺が洋さんの立場だったら。
大好きな、最愛の妻を殺された上に犯されて、自分の子供まで無残に殺されて、
それでもなお被告が「あんな」手紙を書いて、のうのうと生きているとしたら。
俺はきっと、その人を殺すと思います。
そんな事をしても何にもならない、けれどきっとそうする事しか俺は出来ないと思う。

俺は「強靭な精神力」なんて持ち合わせてないから、
被告と同じ法廷に座って、まともな精神状態でいられる自信がない。
・・・いや、だからって「洋さんは強い!」とは全く思いません。
きっと今でも腹の中は憎しみと悲しみで一杯だと思う。
事件を知って一週間足らずの俺が感じた怒りの、何千倍もの憎しみと、7年間という歳月があるんだから。

事件において、幸せと生きがいを奪われた人がいる。
その悲しみから出られず、「訴訟」以外に救済のない人がいる。
妥当な判決が下れば、洋さんと失くなった家族の無念もいくらか晴れるかもしれない。
長い時間はかかると思うけれど、洋さんら遺族が新たな一歩を踏み出せるかもしれない。


次の記事からは、また「のほほん」とした桜水に戻りますのでご心配なく汗笑
けれど、この記事を読んでくれた人は、
この事件があったこと、
そしてその訴訟が現在進行中であること、
この事を忘れないでいて欲しいです・・・