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今日(正確には昨日?)、タワレコでBank Bandの曲が流れてました♪

しばらくウロウロしながら聞いて帰ってきたんですが笑、このバンドはミスチルの桜井さん、小林Pが中心となった環境問題を提起するバンドですよね。
そんなこと考えてるうちに、「そういえば・・・」と、ある話を思い出しました。
俺が高校の頃に学校で聞いた話っす



これは架空の国の、架空の村の、架空のエピソードです・・


とりたてて何の特色もないある村。
さびれてるから暮らしは貧しいけど、村民は暖かい心を持ち、皆が幸せに暮らしていました。



ある日、村では数少ない子供である少年が村の遠くで遊んでいたとき、
少し離れたところに大きな穴が開いているのを見つけました。
少年は恐る恐る近寄ってみました。
覗き込んでみても、穴の底は見えません。
きっと地面のずっと下まで続いているのでしょう。


試しに、少年は手に持っていた遊び道具のボールを落としてみました。
跳ね返ってくる気配はありません。
少年の住んでいる村を覆ってしまうほどの広さで、底が全く見えない大きな穴。



急いで村に帰って、少年は皆をそこへ連れて行きました。
皆は驚きながら穴を覗き込みます。
「何で今までこんなのに気づかなかったんだろう」
「隕石でも落っこちてきたんだろうか・・・」
結局その日は皆村へ帰りました。



次の日から、好奇心旺盛な村の子供たちは、穴の近くで遊ぶようになりました。
「危ないから」と言われてもお構いなしに、子供たちは毎日穴の場所へと向かいます。
しかたなく、村の親たちが交代で様子を見守ることにしました。



そんなある日、
例のごとく子供たちの遊ぶさまを眺めていた母親の一人が、ふと穴へと近寄りました。
「本当に、底が見えないくらい深いわね・・」
何の気なしに、母親は手に持っていたゴミを放ってみました。
ゴミは何処までも落ちていき、やがて見えなくなりました。



その日から、村の大人たちは変わりました。


家中のゴミ、村中のゴミをその穴へ運び込むようになったのです。
ある時は手で、ある時はリヤカーで、果てにはトラックで、
ゴミを穴へと運んでは捨てていきました。
ゴミの無くなった村に村民たちは快適な気持ちを覚えました。
あるいは、そう思っていただけだったのかもしれません。



やがて、「あそこの村にはゴミ捨て用の穴がある」という噂は広まって、
近くの村々からもゴミを捨てにくる人が現れるようになりました。
何十、何百万トンというゴミが穴に捨てられました。



しばらくたったある日、スーツ姿に身を包んだ男が、村長に会いに来ました。
彼が帰った後、村長は笑みを浮かべて家から出てきました。
村の大人たちに村長が話した内容によれば、
彼は海の向こうの先進国のお役人で、
村では目もくらむような額のお金と引き換えに、ゴミを捨てさせて欲しいと頼みこんできたのでした。
そのゴミとは・・・



数週間後、何百台もの大きなトラックが村を通り過ぎて、穴へと向かっていくのを村民たちは見ました。
穴へ捨てられていったのは・・

海の向こうで捨てきれなくなった大量のゴミ。
その中には、核兵器の残骸や、無数の有害物質、そして産業廃棄物も含まれていました。
彼らはいわゆる「捨てるに捨てられないもの」を持ち込んできたのでした。

でも、知識の乏しい村民たちは、それがどんなに恐ろしいものか分かりません。
そんなことよりも、目先の莫大なお金に飛びついたのでした。



やがて、その村は高額なお金と引き換えに、数々の国から世界中の「例の」ゴミ捨てを請け負うようになりました。
村は、以前とは比べられないほど豊かになりました。
けれど、物を大切にする優しさ、つつましやかに皆で生きる「小さな幸せ」を、大人たちは失くしてしまったようにも見えました。



時が流れました。
あの日の少年が村に帰ってきました。
遠くの町で働いていた少年は、久々に村に帰ってきたのです。
村の広場へと向かった青年(かつての彼)は、懐かしさと共にふと、空を見上げました。
その様を見て、村民たちもふと、空を見上げました。



空から何か小さなものが落ちてくるのが、ぼんやりと見えました。
だんだんとそれは地上に近づいてきて
「何だろう」、そんな声が皆から漏れました。
目を凝らしていた青年はハッと何かに気づきました。
彼には分かったのです。


それは、小さなボールでした。




この話を聞いたとき、
「マジで!?おぉー」と皆でオチに驚くと共に、ちょっと怖かったのを覚えてます。

現代の人間がしてる自然に対する行為は、いつかその報いが返ってくるかもしれませんね
(もう少しずつ返ってきてますけど・・)
SF映画じゃねんだから、いつか自然がキレて「ガオー」とか襲ってくる、なーんて思いませんけど笑、
いろんなもんを代償にして人間を豊かにしてる現代の技術は、少しずつ人間を不自由にしていってるのかも・・



「どこでも捨てる」
「何でも捨てる」
「何でも使う」
そんな発想が人間が持ってる「大切さ」みたいな感情を奪ってってるのかもしんないし。
何千年か先、この星が汚れて住みにくくなったら、
人間は今度は地球ごと「捨てて」、別の星にでも住むんでしょうか・・・


最後に、この話に関わりの深いBank Bandの曲の詩を載せます。
カバー曲で、メロディーが吹奏楽でも有名な「歓喜の歌」なんだとか。
今日タワレコで流れてたのが、この曲でした。



「歓喜の歌」


見よ
一筋の光さえ閉ざしてしまう
裏切られて悲しみに暮れた目を

見よ
「信じまい」と笑う僕らの上に
怒りの刃が打ち下ろされんとす

全ての生き物は
「僕らを噛み砕かん」と
復習の目を光らせて心中を迫る

天地(あめつち)は
僕らを同化せんものと
大気は
僕らを圧し包まんとす

優しきものほど
怒りは大きいもの
その怒りが一つの優しさをも
消し去ったときには
もう終わり

さあ今こそ歌おう
歓喜(よろこび)の歌を