⚫︎自分のつぶやき1つ1つにも責任をもつとHappyへの道が開く
オトナになると忘れてしまっているんですが、、、
こどもの頃
特に学校などの集団での生活をしていると
『先生、〇〇してもいいですか?』
って、よく口にしていませんでしたか?
養護教諭として小中学校で
保健室の先生をしていた時に
学校のあらゆる場面で
『〇〇してもいいですか?』
ってコトバを耳にしました
熱中症の時期だったかな…
ちょうど今頃
日差しは強く
湿度は高く
体育の授業を受けるには
運動場も体育館も熱中症のリスクの高い日
案の定
頭が痛い…
クラクラする…
しんど〜い…
って
保健室にやってくる児童生徒は多いんです
経口補水液を飲んでもらったり
氷で大きな動脈走行部位を冷やしたり
応急処置をしながら
意図的に聞いてみる…
「帽子かぶってた?」
「水分持って行ってた?」
答えは「ノー」がほとんどです
熱中症予防の基本的なこと!
知っている…でもやっていないこと
知らなかった…では済まされないこと
学校の中には多くありました
炎天下でも帽子をかぶること、首の後ろを熱から守ることが当たり前になっていない
いつでも水分が取れるような環境が当たり前になっていない(水分さえ体育の授業に持って行っていないんですからね)
予防のために
呼びかけたり
掲示物でお知らせしたり
啓発のため職員会議でお伝えしたり
し続けましたが…
定着するには時間はかかりますからね
こどもたちが
学校の中で自分で自分の命を守るために
できることっていっぱいあるんです
ですが、
そのいっぱいできることを
率先して自主的にできない雰囲気っていうのもあるんです
例えば
『先生、お茶飲んでもいいですか?』
って
確認しなきゃ飲めないような雰囲気…
オトナになると忘れてしまっていましたが
特に小学校では
先生に確認しなきゃ〇〇できないことって
あったなぁ〜〜と
自分の小学校時代を思い出したりもしました
熱中症の例を挙げましたが、
要するに何が言いたいのかというと
『〇〇してもいいですか?』
と確認する時
〇〇した結果に対して責任を負うのは自分ではない
なんですよね
逆に言えば
『〇〇します』
と自己宣言する時
〇〇した結果に対して責任を負うのは自分
です
この違いは大きいです
なぜなら
幼少期から学童期の
『自分で決めて自分で責任をもつ』ことの
大切さを
教えてもらえる機会がないままに
オトナになる人がほとんど
なんですもんね
自分で責任を負うことを教える機会を与えていないので
誰かに責任を持ってもらうのが当たり前
と思ってオトナになっていくんですよね
だって先生が〇〇って言ったもん…
だってお母さんが〇〇って言ったもん…
私悪くないもん…
どんな社会になってしまうんでしょう



率先して自主的に
自分で考えて行動できることって
大切なことで
自律した成長だと思っています
こどもが自律した成長をするには
『信頼されている』
『任されている』
ことが必要なんですよね
あなたはどう思う?
あなたならできるよ
あなたが思うようにやってみてごらん
しっかり見守っているからねこの繰り返しなんだと思うんです
こどもに対してもそうですが、
これは
自分自身に対しても同じ

自分で自分にかけている
『つぶやき』を意識して聞いてみてください
どんなコトバをいつも自分にかけていますか?
聞いていてどんな気持ちになりますか?
『〇〇してもいいのかな…』って誰かに確認必要ですか?
それとも
『〇〇したいからする!』って自分で決めて責任を負う覚悟ができていますか?
自分にかけているつぶやき1つ1つにも
責任を持っていますか?
Happyへの道を歩いていく
覚悟はできていますか?
少し怖いと思うなら
こうやって自分に声をかけてあげてください
あなたはどう思う?
だいじょうぶ
あなたならできるよ
あなたが思うようにやってみてごらん
しっかり見守っているからね
