俳諧伝授 -63ページ目

鬼灯や

鬼灯や掴み出したる袖の土産  太祗


|ほおずきや○○|つかみだしたる|そでのつと○○|


季節は「鬼灯」で秋。


炭 太祗(たん・たいぎ)(1709~1771)の俳諧の発句です。


鬼灯は、ご存知ですよね。


ほおずき【酸漿・鬼灯】ホホヅキ
(語源は「頬付」か)
①ナス科の多年草。茎の高さ60~70センチメートル。葉は卵状楕円形。黄緑白色の花を開き、球形の液果が嚢(ふくろ)状にふくらんだ宿存萼(がく)に包まれて赤熟。果実は種子を除いて空にし、吹き鳴らす。根を鎮咳・利尿薬に使用。丹波酸漿。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


土産(つと)は、みやげのことです。


つと【苞・苞苴】
①わらなどを束ねて物を包んだもの。わらづと。あらまき。
②携えてゆくその地の産物。土産どさん。万葉集3「浜―乞こはば何を示さむ」
③みやげ。いえづと。万葉集20「貝にありせば―にせましを」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


太祗上手いですねぇ、ほんとに‥、私ゃもうため息ばかり‥。


「鬼灯や掴み出したる袖の土産」これ、韻文に対置する意味での散文の感覚で読むと、まったく意味不明ですよね、何の像も描かれることはありません。


ところが、これを韻文として、さらに云えば切字を働かせて読むと、たちまち目の前に状況が、つまりこの句によって描かれている現実の像が鮮やかに出現します。


「鬼灯や」と「掴み出したる袖の土産」をかさね描くことにより「掴み出したる袖の土産」が、俄然鮮明な像を結びます。


ごそごそと袖の中をさぐっていた手が何かを探し当てて、スっと引き抜かれると、そこには色づいた鬼灯が数個、手のひらを上向きにして第一関節第二関節がカギ型に曲げられた指に囲まれて現れます。


この句のこの位置に置かれた「掴み出したる」は、「手のひらを上向きにして第一関節第二関節がカギ型に曲げられた指に囲まれて」という、指のかたちさえ描き出してくれるんですね。


おなじように「袖の土産」は、「ごそごそと袖の中をさぐっていた手が何かを探し当てて、スっと引き抜かれると」を、無理なく帰結させてくれます。


「ほら、みやげだよ」と云って、太祗が差し出す相手さえ想像できてしまいます。


具体的に云うと、太祗のパトロンであった島原遊郭桔梗屋の主人、呑獅(どんし)が身の回りの世話のために付けてくれた奉公人の下女でしょうね。


納豆が苦手で、夕食が納豆汁のとき、しらぬ間にいなくなってしまう彼女です。


まだあどけない、少女の面影の残る彼女に、父か祖父くらい年齢の開きがある太祗が、鬼灯なんかをみやげに、しかも袖の中に入れて取りだすまで何だか判らぬようにして、持って帰ってくれたんですねぇ。


そのときの彼女の表情まで、浮かんでくるではありませんか。


「鬼灯や」の威力、切字の威力ですね。


太祗は、そういうときに彼女が見せる明るい笑顔を、描きたかったのかもしれません。


「鬼灯や掴み出したる袖の土産」から、彼女の笑顔、一般的に云えば少女あるいは少女の面影を残す女性の明るい笑顔が見えてくるのは、自然ですよね。


まるで鬼灯のような‥。


スゥッ・・・(ーoー)y゜゜゜