俳諧伝授 -60ページ目

浮世の月

浮世の月見過しにけり末二年  西鶴


|うきよのつき○|みすごしにけり|すえにねん○○|


季節は「月」で秋。


井原西鶴(いはら・さいかく)(1642~1693)の俳諧の発句です。


きょう九月二十八日(新暦)は陰暦の八月十日にあたり、井原西鶴の命日つまり「西鶴忌」です。


浮世草子の作者として知られている西鶴ですが、彼は談林の俳諧宗匠でもありました。


だんりん‐ふう【談林風・檀林風】
江戸前期、延宝・天和(1673~1684)頃に流行した俳諧の一風・一派。もとは江戸の田代松意の一派の結社を指すが、のち大坂の西山宗因を中心とする新風の汎称となる。伝統的・法式的な貞徳流に反抗して、軽妙な口語使用と滑稽な着想によって流行したが、蕉風(しようふう)の興るに及んで衰えた。宗因風。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


俳匠としての西鶴は、蕉風の時流に乗れず仕舞いでしたけれど‥。


上掲の発句は、西鶴の辞世の句です。


この句には「辞世、人間五十年の究(きわま)り、それさへ我にはあまりたるに、ましてや」という前書があります。


「人間五十年の究り」とは幸若舞(こうわかまい)の“人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり、ひとたび生を得て、滅せぬ者の有るべきか”を念頭にしての言です。


西鶴が滅したのは、彼が五十二歳のとき、前書きと合わせて意訳すると、


「人の寿命は五十年で尽きるものと云われているのだが、私は二年も余計に生きることができた、思い返してみれば浮世の月を余分に見て日を送ってしまったのだなぁ、晩年の二年は‥」


でしょうか。


「浮世の月」が、いかにも西鶴らしいですね。


うき‐よ【憂き世・浮世】
〔仏教的な生活感情から出た「憂き世」と漢語「浮世(ふせい)」との混淆した語〕
①無常の世。生きることの苦しい世。伊勢物語「散ればこそいとど桜はめでたけれ―になにか久しかるべき」。「つらく苦しい―」
②この世の中。世間。人生。太平記11「今は―の望みを捨てて」。「―の荒波にもまれる」
③享楽の世界。恨之介「心の慰みは―ばかり」
④近世、他の語に冠して、現代的・当世風・好色の意をあらわす。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


④の用法に、西鶴は自覚的だったのかもしれません。


「浮世の月」→「現代的な月」「当世風の月」「好色な月」


なんとなく匂ってきますよね、西鶴の面影。


『好色一代男』にも「月」とか「浮世」は、でてきます。


“桜もちるに歎き、月はかぎりありて入佐山(いるさやま)。爰(ここ)に但馬の国かねほる里の辺(ほとり)に、浮世の事を外(ほか)になして、色道ふたつに寝ても覚ても夢介とかえ名よばれて、名古や三左(さんざ)・加賀の八(やつ)などと、七つ紋のひしにくみして身は酒にひたし、一条通り夜更て戻り橋。或時は若衆出立(でたち)、姿をかえて墨染の長袖、又はたて髪かつら、化物が通るとは誠に是ぞかし”


「月はかぎりありて入佐山」「浮世の事を外になして」なんとなく響き合っていますよね、発句と。


漢語の「浮世(ふせい)」の意味も、見ておきましょうか。


ふ‐せい【浮生】
はかない人生。はかない生活。ふしょう。源平盛衰記32「たとひ―を万里の波に隔つとも」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


まあ、いずれかに限る必要はないでしょう。


この句の「浮世の月」は、多義的に読んでこそ西鶴の意にかなうのではないか、私はそう思います。


ところで、昨日二十七日(新暦)は、陰暦九月九日、太祗忌でした。


太祗忌やせめて一日の俳三昧  ousia


|たいぎきや○○|せめてひとひの|はいざんまい○○|


太祗について語り始めると際限がありませんので、またぼちぼちということで‥。


スゥッ・・・(ーoー)y゜゜゜