うまし国
どうあろと先新米ぞうまし国 太祗
|どうあろと○○|まずしんまいぞ|うましくに○○|
季節は「新米」で秋。
炭 太祗(たん・たいぎ)(1709~1771)の俳諧の発句です。
「新米」は、もちろん今年収穫された米ですね。
そろそろ市場に出まわる頃です。
あの香と風味、艶、食感、この国に生まれてよかったなぁと思える事柄のひとつです。
この句は、まさにそういう句です。
切字は「ぞ」、ここで切れます。
「どうあろと先新米ぞ」「うまし国」
あたりまえですが「新米のうまし国」ではなくて、あくまで
「どうあろと先新米ぞ」で切れて、
「うまし国」は、それにかさねられます。
「ぞ」は、取り立てて強調する・強く断定する助動詞です。
口語訳すると、
「どのようにあろうと何はともあれ真っ先に新米だ!」「満ち足りたよい国・美しい国」
です。
うまし‐くに【美し国】
満ち足りたよい国。美しい国。万葉集1「―そあきづ島大和の国は」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
この発句のいちばんのポイントは「うまし国」。
辞書の例文にもありますが、太祗の念頭には『万葉集』(巻一・二)舒明(じょめい)天皇のこの御製歌(おほみうた)があったに違いありません。
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ(鴎)立ち立つ うまし国そ あきづ(蜻蛉)島 大和の国は
|やまとには○○|むれやまあれど|とりよろう○○|あめのかぐやま|のぼりたち○○|くにみをすれば|くにはらは○○|けむりたちたつ|うなばらは○○|かまめたちたつ|うましくにそ○|あきづしま○○|やまとのくには|
この長歌をふまえると、この句が
「どうあろと先新米ぞ」→俗・庶民感情
と、
「うまし国」→雅・統治感情
の、取り合わせの句であることが判ります。
つまり、雅俗の取り合わせですね。
よって「どうあろと先新米ぞ」は、
この「大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ(鴎)立ち立つ うまし国そ あきづ(蜻蛉)島 大和の国は」という御製歌との対比のうちに多彩な情感やイメージを描き出してくれます。
たとえば「煙立ち立つ」の「煙」は炊煙ですから「どうあろと先新米ぞ」の「新米」と実によく響き合うのは、いうまでもありません。
スゥッ・・・(ーoー)y゜゜゜