乳母よ御針よ
あるじする乳母よ御針よ庭の花 太祗
|あるじする○○|うばよおはりよ|にわのはな○○|
季節は「花」で春。
炭 太祗(たん・たいぎ)(1709~1771)の俳諧の発句です。
うば【乳母】
母に代って子に乳をのませ、また養育する女。めのと。古今著聞集15「あさましく歎きて―にともすればうれへ」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
お‐はり【御針】
①針仕事。裁縫。
②雇われて針仕事をする女。お針子。浄、五十年忌歌念仏「みなみな―が縫うたれど」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
上掲句には「よ」が二回出てきます。
これ、品詞的には切字でお馴染みの「や」と同じ間投助詞なんですね。
よ
《助詞》
〔間投助詞〕
①詠嘆の意を表す。万葉集1「籠こも―み籠持ち」
②相手に呼びかける意を表す。万葉集13「隠口(こもりく)の長谷小国によばひせす吾がすめろき―奥床に母は寝たり」。源氏物語若紫「少納言―、直衣きたりつらむはいづら、宮のおはするか」。浄、心中天の網島「勘太郎―お玉―、ばば様おぢ様がおいでぢや」
③相手に念を押し確かめる意を表す。万葉集4「今しはとゆめ―わが背子わが名告らすな」。徒然草「四部の弟子は―な、比丘よりは比丘尼は劣り」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
基本的には①なのだけど、②の感じもしますよね、無言のうちに呼びかけている感じ。
もちろん、この「よ」は切字として働いています。
二段切れですね。
ちょっと、口語訳してみます。
家の主人がする、乳母だなあ、御針だなあ、折から庭には桜が咲いている。
うん、意味は無言の呼びかけを含む詠嘆でいいですね、描像の分離もないようです。
ただし、呼びかけの相手は主人ではなく、この状況に、です。
「庭の花」に注目すれば、桜の木を植えるだけの庭があるということは、この「あるじ」は大層裕福な身分だと想像できます。
そういう人が、「乳母」や「御針」をしているということ‥。
その状況に対して「よ」「よ」って、詠嘆を込めて呼びかけているのです。
太祗得意の人事句ですね、ほんと上手いなぁ。
ではまたでスゥッ・・・(ーoー)y゜゜゜