春 | 俳諧伝授

明日、二月四日は立春です。


いよいよ春ですねぇ。


え?実感ない?


でもねぇ、万物の「色」はすでに春なんじゃないでしょうか。


これはまえにも話したけれど、お日様の角度だと思うんですけど、私だけの感覚なのかなぁ?


もちろん色彩というのは、時々刻々移り変わるものではあります。


時刻によっても天候によっても、色彩は変化します。


けどね、毎日のように職場へ通う通勤経路にある建物とか道路とか歩道とか街路樹とか、私の街のど真ん中あたりにある城山と城、なかでも天守閣とか、それらはすでに基本的に冬の色ではありません。


これらは、ほぼ毎日のように目にする物ですから、色彩の変化は簡単に見て取れます、そう―冬の色じゃないと―思うんですけどね、というか、毎日色彩の変化を気にして暮らしていますと、そのように見えるんですけどね、私には。


万物は、すでに春の色です。


まだ寒いですけど。


ちょっと『歳時記』の春の項目を見てみましょう。



立春(二月四日ころ)から立夏(五月六日ごろ)の前日までを春とする。月で言えば、だいたい陰暦一・二・三月、陽暦二・三・四月であるが、天文学上では春分から夏至までを春としている。気象学上では三・四・五の三月を春としており、それは現代人一般の感覚でもある。二月はまだ極寒の月であり、三月になっても気象は複雑で、強風が吹いて荒れる日が多い。それでも次第に温暖の日が多くなり、春霞(はるがすみ)がこめ、草木が芽ぐむ季節となる。「三春(さんしゅん)」は初春・仲春・晩春の称。「九春(きゅうしゅん)」は春九旬の称である。「春べ」は春のころの意。陰暦では、新年がすなわち新春だったから、春を新年と同義に用い、庵(いお)の春・老(おい)の春・御代(みよ)の春などという。漢名、「陽春」・「発春」・「青春」・「芳春」・「春陽」など。(「」内は季語です)
山本健吉『最新俳句歳時記』


まあ、“気象学上では三・四・五の三月を春としており、それは現代人一般の感覚でもある”ということなんでしょうね。


三・四・五月が春だと、けっこう納得する人が多いんじゃないかな。


でも、私の視覚はすでに春なんですよ。


人は情報の70%を視覚から得ている、そうじゃないですか。


だとすると、立春からを春とするのも、まんざら根拠のないことではないと、私は思っているんですけどね。


ではまたでスゥッ・・・(ーoー)y゜゜゜