よき榾くべし | 俳諧伝授

よき榾くべし

父と子よよき榾くべしうれし顔  太祗


読み
ちちとこよ よきほだくべし うれしがお


季節は「榾」で冬。


炭 太祗(たん・たいぎ)(1709~1771)の俳諧の発句です。


今朝あたりから、ぐっと冷え込んできましたねぇ。


ですからきょうは、暖かそうな句をお届けしましょう。


こういうときは、炭 太祗におまかせです。


見たまんまの、判りやすい句です。


でも「榾」っていうのをご存知かどうか‥。


榾(ほた・ほだ)(三冬)
焚火にする木の切れ端のこと。「根榾」とは木の根を乾かしたもので、炉にくべて、二日も三日も静に力強く燃やしつづける。「榾明り」は「榾火」の先である。山家の冬は炉を中心に営まれるから、榾をくべる人を「榾の主」と言い、何くれと一座の世話をやく。「ほだ」とも。〔山本健吉『最新俳句歳時記』〕


ついでに「くべる」も


く・べる【焼べる】
〔他下一〕 文語 く・ぶ(下二)
火に入れて燃やす。方丈記「柴折り―・ぶるよすがとす」。「薪を―・べる」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


私が子供の頃「そこのホダ火にくべぇや」とか、山で焚き火をしてるオジサンが云ってました。


遊び仲間と近くで見てると「坊ら、こっち来てあたれや」とか呼ばれて、焚き火に入れてもらったのを憶えています。


ですから「榾」は、私の中では現実に存在する対象を指示する語なんですが‥。


「薪(まき)」だったら判りますよね?


でも、榾と薪では若干ニュアンス違います。


榾には「大きな材木。また、地面に倒れている朽木(株式会社岩波書店 広辞苑第五版)」という意味もあります。


一方、薪は、


まき【薪】
燃料にする木。雑木を適宜の大きさに切り割って乾燥させたもの。たきぎ。わりき。「―を割る」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


ですから、用途は同じですが、薪は燃料用にとくに加工されたもの、榾は木をそのまま自然に近い状態で燃料にする、という違いがありそうです。


どうでしょう?榾という語が指示する対象が、見えてきたでしょうか?


見えてきたら‥この句の情景も立ち現れて来たんじゃありませんか?


囲炉裏端の、ほんの一瞬の状態と表情を切り取っただけなんですけどね、この句。


そうなんだけど、立ち現れて来る情景は紛れもない現実、つまり我々が暮らしているこの世界の、ある時点ある地点における状況そのものですよね。


これが、この詩型のポテンシャルなんです。


雪国なんでしょうね。


家の外は、雪が積もってるっぽい感じがします。


囲炉裏を囲んでいる家族。


「父と子よ」ってあるけど、母もちゃんと居ます、私が保証します(^_^)


食後の団欒(だんらん)なんでしょうね。


父親が、大きな榾を火にくべたんでしょう。


「よきほだくべし」の「し」は、文語助動詞「き」の連体形



②(未来を含めて)ある時点で確実に起ったと認められる事態を表す。(「た」に通じる用法) …た。百二十句本平家「切られたりと聞えしかば」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


ですから、榾がくべられて、それに火がついて、火力が安定したそのとき、なんでしょうね。


そのときの「うれし顔」なんだろうと思います。


この状況って、ほんとなんでもない、まったく些細なことなんだけど、この状況の持ってる情感って、すごくすごく暖かなものだと思いません?


文字通り心身共に‥。


これ以上の説明は、蛇足ですね。


あとは皆様、それぞれこの句の世界に浸って、心まで暖かくなってください。


ではまたでスゥッ・・・(ーoー)y゜゜゜