サンタクロースの存在証明
サンタクロースの存在については、すでに瀧本ツバキ(敬称略願容赦)のブログ「椿の徒然草~novel for idlehour~」の08/12/6 22:09の記事『サンタクロースの存在を論理的に証明する実験』においてその証明がキッチリなされている。
が、世の中「サンタクロースなんて居ねーよ!」などとのたまう情けないアタマデッカチが跡を絶たないようだ。
よって以下、不肖このousiaも彼とは別ルートでサンタクロースの存在証明を試みるものである。
哲学とは、ヨーロッパに固有の伝統的思考スタイルであり、なかでもプラトン以後ヘーゲル以前を特に形而上学と云う。
形而上学において、存在者の存在は本質存在と事実存在に分離した。
本質存在とは、それが何であるか、と問われる存在である。
事実存在とは、それがあるかないか、と問われる存在である。
サンタクロースとは何であるか?本質存在を問うてみよう。
赤い服を着て、白いひげを生やし、背中に大きな袋を負い、トナカイの橇に乗ってクリスマスの夜に良い子にプレゼントを配る人、である。
では、サンタはあるかないか?事実存在を問うてみよう。
が、ここで、賢明なる読者は次のことに気付かねばならない。
存在者の存在を分離するのは間違いである、と‥。
なんらかの性質を持つものは、すなわち存在するものであり、存在するものは、またなんらかの性質を持つ、これが正しいと‥。
あらゆる性質を剥ぎ取られた何ものかがはたして存在するだろうか、もし、そんなものが存在するとしても、それを認識するのは不可能であろう。
それは端的に、ない、のである。
また、ある、とされるものは常に少なくとも何かの性質を持つだろう。
よって「赤い服を着て、白いひげを生やし、背中に大きな袋を負い、トナカイの橇に乗ってクリスマスの夜に良い子にプレゼントを配る人」という性質を持つサンタクロースは、存在する。
これでもまだ「サンタクロースなんて居ねーよ!」などとのたまう情けないアタマデッカチには、二の矢の用意がある、遠慮なく掛かってきなさい。(`´メ)