我雪と | 俳諧伝授

我雪と

我雪とおもへば軽し笠のうへ  其角


読み
わがゆきとおもえばかろしかさのうえ


季節は「雪」で冬。


宝井其角(たからい・きかく)(1661~1707)の俳諧の発句です。


文学という色眼鏡でしか俳諧を見ることができない現代人には、すこぶる評判の悪い発句です。


『雑談集』には、僧可士の人を送る詩から採った「笠重呉天雪」という前書きがあって、その俳諧化-機知の句である、というのが色眼鏡で見た解釈です。


(T-T)(T^T)(T-T)(T^T)(T-T)(T^T)(T-T)(;.;)


俳諧を俳諧として読む、というのも一種の色眼鏡かも知れませんが、そういうアクロバットまがいが好きな私は、異文化の枠をひょいと乗り越えてごらんにいれましょう。


この句における「物の光(美)」は「雪の質量」(慣性質量・重力質量)です。


しつ‐りょう【質量】‥リヤウ
〔理〕(mass) 物体が有する固有の量。物体の重量とは区別される。力が物体を動かそうとする時に物体の慣性によって生ずる抵抗の度合を示す量(慣性質量)として定義され、他方万有引力の法則から二物体間に働く引力がおのおのの質量(重力質量)の積に比例するとして定義される。実験によれば、両質量は同等である。単位はキログラム、またはグラム。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


もちろん其角は物理学を知りません。


が、「我雪とおもへば軽し」の、わけても「軽し」は、まさに慣性質量・重力質量と動作主体である其角の関係性によって出現する情動ではないでしょうか。


「笠のうへ」の「雪」は、単なる重さ(重量)ばかりではなく其角の所作・動作の抵抗(慣性質量)として頭上にあります。


この、わずかな重さ・抵抗が、自らの運動覚に知覚される、そのことに其角は「物の光(美)」を見て取ったのでしょう。


「我雪とおもへば」は「自らの運動覚に知覚される」ならば、ってことです。


其角は、自分の笠に積もった雪を自分の所有物だと思ったわけではありませんよ。


笠を被って雪の中を歩き始めたときの感覚と、雪が積もった笠に出現した雪の質量、その変化の面白さですね、其角の視点にあったのは‥。


降る雪(視覚)も笠の上に積もれば、所作・動作の抵抗(運動覚)としてその存在を変化させるその面白さです。


私は、そう思います。


そのような視点に、読者である私の視点を置いてみると、そのことはよく判ります、というか、ダイレクトに感じることができます。


詩は体験なんですね。


そんなことを云ってるそばから、雪の降るとき独特のしんしんとした寒さが、私に立ち現れてきました。

お~寒!{{ (>_<) }}


“我が物と思へば軽き笠の雪、恋の重荷を肩にかけ、妹がり行けば冬の夜の、川風寒く千鳥なく。待つ身はつらき置き炬燵、じつにやるせがないはいな”


と端唄に唄われたほど、この句は大ヒットし人口に膾炙しました。


それも、故無きことではなかったんですね。


ただ現代人には、この句の良さが判らない、それだけのことです。