よゝと盛りけり
僕らのよゝと盛りけりねぶか汁 召波
読み
しもべらのよよともりけりねぶかじる
季節は「ねぶか汁」で冬。
黒柳召波(くろやなぎ・しょうは)(1727~1771)の俳諧の発句です。
しも‐べ【下部・僕】
①身分の低い者。推古紀「下客(しもべ)十二人、妹子臣に従ひて」
②雑事に使われる者。宇津保物語吹上上「琴弾き、―、童、笛吹き交す」
③検非違使庁の下級官吏で、盗賊の逮捕、囚人の拷問、流人の押送などをつかさどったもの。今昔物語集16「庁の―と云ふ放免共に会ひぬ」
④鎌倉時代、侍所・政所の雑事に従事した下役。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
よ‐よ
①涎(よだれ)や水などの垂れ落ちるさま。源氏物語横笛「しづくも―とくひぬらし給へば」
②酒などを勢いよく飲むさま。ぐいぐい。徒然草「酒を出したれば、さしうけさしうけ―と飲みぬ」
③しゃくりあげて泣くさま。おいおい。蜻蛉日記中「いみじうさくりも―と泣きて」。「―と泣きくずれる」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
ねぶか‐ねぎ【根深葱】
長い白色の葉鞘部を食用とするネギの品種の総称。基部に土寄せして栽培し軟白にする。軟らかくて甘味に富む。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
ねぶか‐じる【根深汁】
葱を実として仕立てた味噌汁またはすまし汁。ねぎ汁。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
もちろんこの句に描かれているのは、ある時点、ある地点における作者召波の視点、つまり知覚され経験された風景・眺望です。
ありありと五感に訴えかけてきますよね。
とくに臭覚!
湯気を立てて「よゝと」盛られる「ねぶか汁」の匂いが、鼻腔をくすぐりませんか?
この「けり」は例によって「気付きのけり」です。
この句が詠まれた時点において何かが気づかれたってことですが、何が気づかれたかというと「よゝと盛りけり」ですよね、とくにこの「よゝと」。
召波は服部南郭に漢詩を学んだこともあるほどの高雅な人ですが、この句には、はじめから人を見くだすような傲慢な態度・姿勢は、微塵もありません。
はっとり‐なんかく【服部南郭】‥クワク
江戸中期の儒学者・詩人。名は元喬。京都の人。柳沢吉保に仕え、荻生徂徠に学び、古文辞を修め、詩文に長じた。著「唐詩選国字解」「南郭先生文集」など。(1683~1759)
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
「僕ら」とおなじ目線に立っていますよね。
そうであってはじめて気づく「よゝと盛りけり(ねぶか汁)」でしょう。
大店あるいは寺院、武家屋敷などの下働きの者どもが、寒さに震えながら一日の勤めを終え、とっぷりと暮れた台所の土間かなんかで、鍋から直接「ねぶか汁」をよそってるんでしょうね。
そういう通俗きわまりない状況に、芭蕉云うところの「物の光」を見たのでしょう。
「物の光」って、はっきり「美」ですよね、私はそう思います。
この雅俗の止揚・調和こそ、俳諧の真骨頂です。
芭蕉が自らの俳諧を「風雅」とか「風流」とか云ったのは、この意味においてです。
それにしても「よゝと盛りけり」って、卓越した把握ですよね。
「よゝ」は、直接には「①酒などを勢いよく飲むさま。ぐいぐい」でしょうが、②の「水などの垂れ落ちるさま」が、杓子から垂れ落ちる「汁」の様態の描写として、うまく響いています。
それに「よ」って、
よ
《感》
男の応答の声。古今著聞集8「人の召す御いらへに男は『―』と申し、女は『を』と申すなり」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
男の応答を意味する感動詞でもあるんですよね。
まあ、ほんと、素晴らしいとしか云いようがありません。
発句は、たった17音節のカワイイ詩ですが、そこには深さと広がりのある世界が、それこそ宇宙が、描かれている‥描くことができるんじゃないでしょうか。