しぐれかけぬく
幾人かしぐれかけぬく勢田の橋 丈草
読み
いくたりかしぐれかけぬくせたのはし
季節は「しぐれ」で冬。
内藤丈草(ないとう・じょうそう)(1661~1704)の俳諧の発句です。
せた‐の‐はし【瀬田の橋】
滋賀県瀬田川に架かる橋。大津市瀬田橋本町から、同市鳥居川町に通ずる。関東から京都への入口に当り、古来、京都を守る要衝。宇治・山崎の橋と共に有名。瀬田の唐橋。瀬田の長橋。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
「勢田の橋」は、橋の途中に小島があって、大橋が九十六間(約175m)小橋が三十六間(約66m)、「勢田の唐橋」として有名ですよね。
歌川広重「近江八景」の「瀬田夕照」に描かれた橋です。
勢田の橋は木の橋ですから、時雨の立てる音は当然木の音で、時雨の本意「まきのやにふり過る音のそゞろさむく」を拡張するように詠んでいます。
「かけぬく」のは、場所柄を考えると旅人でしょうね。
まあ、旅人ってのはいろんな事情を抱えての旅でしょうから「しぐれの空のさだめなきを世のつねならぬ心によそへ」なんてのが、見えてくるかもしれない。
丈草、上手いね。
というか、これが俳諧なんですよね。
母体である和歌の雅な本意をふまえたうえで、それをうまくズラし、しかも通俗な日常の風景として詠んでいます。
表面的に見ると、北斎の風景画的な飄逸な世界なんですけどね。
「時雨」っていう語(季語)が働いていて、すごく奥行きのある、深さのある世界になっています。
雅・俗という相容れぬものが止揚されて調和の内にある、俳諧ってそういうものだと思います。