秋霖や
このようにして、四連一拍、五連一拍、六連一拍、七連一拍、八連一拍、九連一拍、十連一拍‥‥‥というように理論上は無限に構成パルスを増やして行ける。
前回はここまででした。
「理論上」とか出てきて、話が思弁のほうへ行ってしまいそうです。
それはしたくないんですね。
最終的には、我々が生きている経験(知覚)世界に戻って来たい。
「五連一拍」リズムとか、「七連一拍」リズムとか、怪しいでしょ?
これってもう、日本語の定型詩のリズムですよね。
|五連一拍・七連一拍|五連一拍・七連一拍|五連一拍・七連一拍|‥‥‥
とか書いちゃうと、すでに短歌・俳句・川柳のリズムですよね。
というか、短歌・俳句・川柳の母体である万葉集の長歌のリズムですよね。
でもね、実はまだまだ解明しなくてはならない問題が山積みなんですね。
でも、そこに踏み込むと、モロ哲学の話になっちゃう。
どう折り合いを付けようか、どこまで踏み込んで語ればいいのか、迷ってしまいます。
なので、少し寄り道します。
とか云って、中座して読みかけの本をぱらぱらやっているうちに、本のほうに興味が移ってしまいました。
つづきはまた、ということにして、本の世界に浸ることにします。
秋霖や堀の白鳥飛べぬ鳥 ousia
読み
しゅうりんやほりのはくちょうとべぬとり