稲妻に
稲妻に浴してゐる女かな 信徳
読み
いなずまにゆあみしているおんなかな
季は「稲妻」で秋。
伊東信徳(いとう・しんとく)(1633~1690)の発句である。
この句「稲妻が光った一瞬、暗闇のなかで湯あみしている女の姿が見えた」と解釈しておられる方がおられる。
しかも、国文学者で俳諧を専攻しておられる方と、お見受けした。
が、この解釈はいかがだろう?
市井の私が云うのも何だが‥否、市井の者だからこそ、学閥・師筋に関係なくものが云える。
遠慮なく云わせてもらおう。
これは“俳諧の発句”なのである。
“俳諧の発句”の、とりわけ“格”あるいは“位”の意味が解っているのだろうか?
また、“稲妻”がどういうものか、実際に見たことがあるのだろうか?“稲妻”と“雷”(雷の季は夏)を混同してはいないだろうか?
【稲妻】
空中電気の放電するさいに発する火花で、雷鳴を伴ない夏の夕立のときに多いが、晴れた夜、雷鳴はなくただ雷光だけ走る現象があり、これは遠方に起こった雷で、秋に多いとして秋季としている。稲を実らせるという俗説がある。
(傍題:稲光・稲の殿・いなつるび・いなたま)
〔山本健吉編『最新俳句歳時記』〕
稲妻が見られるのは、私の地方ではちょうど今頃である。
私は、何度も見たことがある。
山本健吉氏も云っておられるとおり「雷鳴はなくただ雷光だけ走る現象」「遠方に起こった雷」が、稲妻である。
稲妻は、山の向こうの遠くの空が明滅するように明るくなる、だけである。
とてもではないが、地上にあるものを照らし出すだけの光量などない。
それ以前に、この句は俳諧の“発句”なのである。
以前の記事からコピペしておく。
まず連歌の権威だった、二条良基(1320~1388)の『筑波問答』から発句についての記述を引く。
“当道の至極の大事、ただ発句にて侍(はべ)るなり。発句悪ければ一座みなけがれる。(中略)かえすがへす道の至極にて侍るなり。いるがせにし給ふべからず。まづ、発句のよきと申すは、深き心のこもり、詞優(ことばやさ)しく、気高く新しく、当座の儀にかなひたるを、上品(じょうぼん)とは申すなり。一つも欠けたらんは、うるはしき秀逸にてはあるべからず(後略)”
さらに、俳諧を論じるとき頻繁に引用される俳論書、服部土芳(1657~1730)『三冊子』からも発句に関する記述を。
“発句の事は一巻の巻頭なれば、初心の遠慮すべし。『八雲御抄(やぐもみしょう)』にもその沙汰あり。句姿もたかく、位よろしくをすべしと、昔よりいひ侍る。先師(芭蕉のこと)は懐紙の発句かろきを好まれし也。時代にもよるべき事にや侍らん。また古来より新宅の会に燃ゆる・焼くるなどの火の噂、追悼にくらき道・迷ふ・罪・とが、船中に、かへる・沈む・波風の類、忌むべき心遣ひと也(後略)”
すくなくとも俳諧師ならば誰一人、上のような解釈はしないだろう。
この句の「浴」は、音として聞こえた「浴」なのである。
遠くの空が、明滅するように明るくなった。
人は「おや雷かな?」と思って反射的に耳を澄ますだろう。
そのとき、聞こえてきたのが意に反して「浴」の音だったのである。(ここに俳諧がある)
ご存知のように江戸時代、内風呂を持っているのは一定の富裕階級‥下男と奥方の会話でも聞こえたのだろう。
「湯加減はいかがで」「ちょうど良いようぢゃ」
そして、浴室独特の籠もったようでいて余韻を引く音。
そのような風呂桶の音や、水の音がしたのだろう。(この音に秋を感じた)
それは塀の内、闇の中から聞こえたのである。(稲妻の光と闇の対比)
この状況においての「稲妻に浴してゐる女かな」の吟なのである。
くどいようだが、これは“俳諧の発句”であって“俳句”ではないのである。
両者は外見上瓜二つに見えるが、異質のものなのである。