一こぶしづゝ
山々や一こぶしづゝ秋の雲 涼菟
読み
やまやまやひとこぶしずつあきのくも
季は「秋の雲」で秋。
岩田涼菟(りょうと)(1659~1717)の発句である。
ずつ ヅツ
《助詞》
(副助詞)
①分量を表す語に付いて、一定量の事物を均等に割り当てる意を表す。あて。源氏物語橋姫「けさ、ころもなどすべて一くだりのほど―ある限りの大徳達に賜ふ」。大鏡道長「行事二人に五十人―わかたせ給ひて」。「全員千円―払う」
②一定量の事物に付いて、その分量だけを繰り返し行う意を表す。源氏物語帚木「これは二の町の心やすきなるべし、片端―見るに」。「少し―読む」「一人―乗る」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
このところ、この句の景を実際に見るようになった。
握りこぶしのような雲が、山々の上に幾つも浮かんでいることがあるのだ。
今日の場合は、午前中と夕方近くに見かけた。
さすがに、最も気温が上昇する昼の時間帯は、入道雲が湧き上がる夏の空のままであったが‥。
この句を思いながら、この雲を見ていると、数百年の時の隔たりはどこにもない。
涼菟もあるとき、こんな雲を見ていたんだろうなぁ、と思うと、なんだかうれしくなってくる。
鰯雲のように、これぞ秋、というのではないが、この雲もたしかに秋の雲だなぁ、と思う。
「一こぶしづゝ」というのが、いかにも無心のたわむれ、俳諧ではないか。
この中七によって、雲に動きが出てくる-立ち現れてくる雲に、リズムが見えるのだ。
そういえば、この雲が見えるとき、爽やかな風が吹いていたっけ。