灸にて | 俳諧伝授

灸にて

(詞書)
未来の花をつまば、酒をたちて病をさけよと有りし母をこひて


灸にて詫言申す夏断哉  子葉


読み
やいとにてわびごともうすげだちかな


季は「夏断」で夏。


大高子葉(1672~1703)の発句である。


平賀源内が登場したので、アマチュアの俳諧の発句をもう一句ご紹介しよう。


子葉は、『忠臣蔵』でおなじみ赤穂義士四十七名の一人、大高源吾のことである。


僧侶が陰暦四月十六日から七月十五日までの間、一室にこもって修行することを「夏安居(なつあんご)」というが、その間、俗人もまた酒やたばこなどの不浄の飲食物を絶って修行する、これを「夏断」という。


上掲句は「酒をたちて病をさけよ」という母のいましめを実行するため、夏断で酒を絶とうとして失敗してしまったのだろう。


自分で自分に灸をすえて、母への言い訳としているのだ。


これはもう、源吾の人柄としか、云いようがあるまい。


『忠臣蔵』劇中、両国橋上の名場面では、以前にご紹介した芭蕉ご自慢の門人である其角と絡む。


元禄十五年(1702)師走十三日、江戸で煤払いの行われる日。


煤竹売に身をやつした源吾が、煤竹を売りながら両国橋へとさしかかる。


そこに通りかかったのが其角


「子葉どのではありませんか」


と気付いて、其角は腰の矢立の筆を取り


年の瀬や水の流れと人の身は


と書いて差し出す。


源吾は其角の筆を借り


明日待たるるその宝船


と、脇を付ける。


翌夜、吉良邸に隣接する松浦候邸での俳席の場で「宝船」が「討ち入り」のことで「明日」が今日だと松浦候や其角が思い至った瞬間、浪士たちの討ち入りを告げる山鹿流の陣太鼓が鳴り始める‥。


なかなか、にくい演出である。


ご承知のように子葉こと大高源吾は、翌元禄十六年(1703)二月四日、お預け先の大名の屋敷で、自刃して果てている。