市中は
市中は物のにほひや夏の月 凡兆
読み
まち(「いち」と読むのも可)なかはもののにおいやなつのつき
季は「夏の月」。
野沢凡兆(?~1714)の句。
この句はいわゆる立句で、俳諧七部集『猿蓑』所収の歌仙「市中はの巻」の巻頭を飾る発句である。
三十六句中、発句を含む最初の四句を挙げておく。
(頭の番号・アルファベットは説明の便宜のためのもの)
(1)市中は物のにほひや夏の月 凡兆
(2)あつし/\と門/\の聲 芭蕉
(3)二番草取りも果さず穂に出て 去来
(4)灰うちたゝくうるめ一枚 兆
これは、「前句付」のところで説明したように
(1)の凡兆の句に芭蕉が(2)の句を付け
A:市中は物のにほひや夏の月あつし/\と門/\の聲
読み
いちなかはもののにおいやなつのつきあつしあつしとかどかどのこえ
(2)の芭蕉の句に去来が(3)の句を付け
B:二番草取りも果さず穂に出てあつし/\と門/\の聲
読み
にばんぐさとりもはたさずほにいでてあつしあつしとかどかどのこえ
(3)の去来の句に凡兆が(4)の句を付け
C:二番草取りも果さず穂に出て灰うちたゝくうるめ一枚
読み
にばんぐさとりもはたさずほにいでてはいうちたたくうるめいちまい
というふうに、以下三十六句目の挙句まで付けて行く。
書式としては長句五七五-短句七七-長句-短句‥‥というように書くが、内容としてはA-B-C‥‥というように、前句+付句で一首の短歌を成し、それが連なって行く。
俳諧連歌の詳しい解説は、別の機会に譲ることにして、上掲句にもどる。
この句は、平明で実に解りやすい。
夏の下町あたりの夜の雑多な生活風景を匂いで捉え、そこに一点「夏の月」を配している。
広がりも、奥行きも、情感も申し分ない良い句だ。
これは、この句単独でも十分鑑賞に堪えるのだが、芭蕉の脇(発句の次の句をこう呼ぶ)と合わせてAの形で読むと、月下の下町らしき生活風景は、より臨場感を増す。
それはつまり「にほい」臭覚に「聲」聴覚を付加し、「市中」という抽象的な場所に「門」という物、具象を配したことによる詩の世界の拡張・鮮明化に、ほかならない。
ぴたりと息のあった凡兆と芭蕉。
二つの詩魂は、共にたわむれ、相和し、調和して、見事に一つの詩の世界を開いてくれている。
目のあへばおもはずいとしなまずの目 ousia
読み
めのあえばおもわずいと(愛)しなまず(鯰)のめ