辛崎や | 俳諧伝授

辛崎や

和歌は連歌を生み、連歌は俳諧を生み、俳諧は俳句を生んだ。


私の考えでは‥


俳句を知るためには、俳諧を知らなければならない。


俳諧を知るためには、連歌を知らなければならない。


連歌を知るためには、和歌を知らなければならない。


となる。


和歌や俳諧が漢詩の影響を受けたとなると、漢詩も知らなければならない。


それぞれを詳しく知るには、私のこの世における時間(寿命)では、とても足りない。


よって、まずはその骨格とも云えるものを把握し、肉付けは残された時間の許す限り、ということになる。


ゆえにこれだけは断言できる、私の重箱の隅をつついたとしても、何も出てこない‥。


が、成果もないことはない。


さしあたって、現時点で私の手にしたものはと云えば、「詩一般」の概念だ。


これによって、私の詩を見る目は飛躍的に向上した。(と思う)


前置きはこのくらいにして、典拠の歌を出しておく。


楽波の志賀の唐崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ  人麻呂


読み
ささなみのしがのからさきさきくあれどおおみやびとのふねまちかねつ


『万葉集』巻一・三に見える柿本人麻呂(~710前後)の歌である。


俳諧。


(詞書)
都人帰りをわすれん


辛崎や草鞋ながらの夏の暮  信徳


読み
からさきやわらじながらのなつのくれ


季は「夏の暮」で夏。(夏の暮は、夏の終わりをいう)


前回と同じ伊東信徳(1633~1698)の句だ。


近江大津京のあった辛崎に人麻呂の歌を思い、遠く古に思いを巡らしていると、その地を立ち去りがたく、旅装を解かずに夏の暮まですごしてしまった、というところか。


ここで作者は、古へたわむれ、相和し、調和している。


こういうのも俳諧だと、私は思う。



黴の香や巻の欠けたる資本論  ousia


読み
かびのかやかんのかけたるしほんろん