貞徳
烏には似ぬうの花ぞ鷺の色 貞徳
読み
からすにはにぬうのはなぞさぎのいろ
季は「うの花」で夏。
初期俳諧のビッグネーム、松永貞徳(1571~1653)の句。
判りやすい句だ。
「鵜の真似をする烏」という諺が背景にあるのは見え見えである。
○烏が鵜うの真似まね
烏が鵜に似ているというので、鵜のまねをして水に溺れること。自分の力量を顧みないで人のまねをして失敗することのたとえ。鵜の真似する烏。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
だが、貞徳は九條植道(たねみち)、細川幽斎に和歌を、里村紹巴(じょうは)から連歌を学んだ人。
一筋縄ではいけない気がするが‥
で、「うの花」の本意をさぐってみると‥
「月、雪、波、晒した布などに見立てる」とある。
要するに「白」というのがキーポイントらしい。
この句では、卯の花の白さを「鷺の色」に見立てたということか。
なんと判りやすい!
が、貞徳が師事した九條植道、細川幽斎にしても、里村紹巴にしても、どうやら当時の大家らしい。
ほかになにかないだろうか?
『枕草子』には
「卯の花は品劣りて何んとなけれど、咲くころのをかしう、時鳥の蔭にかくるらんと思ふにいとをかし」
とあり、
柿本人麿は
なく声をえやは忍ばぬほととぎす初卯の花の影にかくれて
と詠む。
ほかにも、「卯の花」と「時鳥」を詠み込んだ和歌は多い。
どうやら「卯の花」に「時鳥」の取り合わせは和歌の定番だったようだ。
卯の花→鷺の色つながりはいいとして、雅な「時鳥」ならぬ俗な「烏」を持ってきたところに、この句の可笑しさがあるのではなかろうか。
ここでちょっと辞書を引いてみる。
清少納言は「をかし」を連発している。
をか・し
「痴(をこ)」が形容詞化した滑稽(こっけい)だの意とも、また動詞「招(を)く」が形容詞化した手もとに招き寄せたいの意が原義ともいわれる。「をかし」はもっぱら散文に用いられ、「あはれなり」とともに中古の美意識を代表する言葉である。
とくに、「あはれなり」が、しみじみと心に沁み入るような主観的な美的感情を表すのに対して、「をかし」は、対象を理知的・客観的に眺めて感じられる、明るく新鮮な美的感覚・感興を表す。類義語「おもしろし」は、明るいものに接して心が晴れ晴れとするような感じを表し、「をかし」よりも感興的な趣の語である。
〔角川『全訳古語辞典』より〕
この句の「美」は「をかし」に属する美ではないだろうか。
literature(文学)の概念によって切り捨てられたものって、これじゃないのか。