道元『典座(てんぞ)の教え』とイッキ描き
イッキ描きの画家・菊地理氏のブログには仏教の話がよく出てきます。昨日のブログには《修行》について大変わかりやすくかかれています。一部引用してみますね。
『若い道元は「すべての人には仏性がそなわっているのに、どうしてそのうえ修行をする必要があるのか?」という疑問を抱いて宋に渡った。最初に出会った中国の老僧に「あなたは修行ということがわかっていない」と言われてしまう。道元はその老僧にもっと話を聴きたがるが、老僧はお寺の台所で、修行僧のために料理を作るからと帰ってしまった。道元が記した『典座教訓』に詳しい。この話に上記私の理解はすべて詰まっている。
仏性とか悟り(『ほんとうの法華経』では「覚り」)は便宜上の言葉で、実際に大切なのは「料理を作る」という行為である。ここに仏教のすべてがある。行為、行い、活動。これをどう理解するか、どう実践するか、これが仏教のすべてであり、人が地球上に今後も長く生存してゆくための智慧である。行為にすべてがかかっている。
仏性とか悟りなどという固まった粒々ではない。流れなのだ。行いなのだ。暮らしなのだ。自転車みたいなもの、漕いでいないと倒れる。マグロといっしょ、泳いでいないと死んじゃう』
http://blog.livedoor.jp/toyo0722/
☆この若き道元の話は《典座(てんぞ)の教え》(典座は禅寺で台所を預かる人)という形でよく紹介されていますが、これほどわかりやすい解説を私は読んだことがありません。
作品集《躍動》から今日の1枚:
《花瓶のバラ》
油彩/カンヴァス SM(サムホール) 22.7 x 15.8 cm
☆最近では白隠や仙崖の絵が『かわいい禅画』と評されることがありますが、この絵にもなんとなくかわいい禅画の趣きを感じてしまいます。


