本が出たあと、小金井市の民間委託問題はどうなったか? | 「民間委託で学童保育はどうなるの?」 (公人社 刊) についての       お知らせ、試し読みの広場

本が出たあと、小金井市の民間委託問題はどうなったか?

「民間委託で学童保育はどうなるの?」(公人社刊)の読者の方へ

本が出たあと、
小金井市の民間委託問題はどうなったか?

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突然の2学童委託提案 → 保護者の不信増大 → 委託計画の延期
→ 市長交替 → 委託計画の見直しへ


(配布用PDF版はこちら)

 私たち6名の保護者と2名の学童保育指導員が、2010年3月にこの本を出版して、1年と数ヶ月が経ちました。本書を応援して下さる皆様のご愛顧に応えて、その後、小金井市の公立学童保育所の民間委託化問題がどうなったのか、ザッと振り返ってみたいと思います。少し古い時代の「おさらい」から始めます。

本の「前史」~「日本一」からの後退が始まったころ

 学童保育は、国の法律で制度化される1998年までの数十年間は、民間団体や地方自治体が主体となって、てんでばらばらに行っていた事業であり、「保育の質」が多様で、自治体間格差がもっとも激しい行政サービスの一つとなっています。自治体による格差が激しいばかりでなく、その時々の政治状況によっても大きく浮き沈みがあります。利用者によって「日本一」とまで言われたこともある小金井市の学童保育も、市の第1次行財政改革の実施によって、2000年には指導員のうち正規職員のおよそ3人に1人を非常勤職員に置き換えており、そのために種々の個性的な保育プログラムから撤退していました。

本の中で語られる激論の時代とその「成果」

 この本が取り扱っている、2003年から2010年の足かけ8年は、小金井市立の学童保育所の運営の民間委託化をめぐって、市側と「親たち」の側が丁々発止のやりとりをした時期です。市側は、第2次行財政改革の実施を旗印にして、「とにかく委託させてみてくれ」という安易な姿勢に終始しており、これに対して親たちの側は「保育の質は大丈夫なのか?」という論点にこだわり、市側の施策をチェックし続けました。この期間のほとんどは、市議会の会派構成は市長与党が多数を占め、親たちの側は2003年9月に招集された「児童福祉審議会」に代表を送り、そこで「保育の質」の維持を求め、それを保障する環境づくりに腐心してきました。審議会では、親の側の意見は多くが認められて、2006年3月の「最終答申」では、委託を推進する前提として、保育水準を明記した「学童保育所運営基準」を策定し、かつ、親たちと行政との「協議組織」を設けることを提言しました。そして、前者は2008年に、後者も2009年に、一応の実現をみました。

突如あらわれた市の2か所委託方針

 審議会で一定の「実」のある答申を得て、保育の水準を確保するためのしくみも作れた……。「保育の質」を守りたい親たちも、みずからの活動の「成果」を実感し始めていたころ、本書の執筆・編集も最終段階を迎えていました。それが、2009年11月、「寝耳に水」のごとく、「来年度に、2カ所を民間に委託する」という市の方針が聞こえてきました。せっかく開設された協議組織の存在を無視したかのような頭越しの計画表明。あまりに性急な市のやり方に、親たちは「裏切られた」と不信感でいっぱいになりました。当の市役所の実務担当者もトップダウンの委託推進には頭を抱えていたようです。 親の側は、父母会役員たちもすっかり新世代に入っていましたが、市側の出方に危機を覚え、各学童単位での「説明会」の開催を要求したほか、来年度中の委託案の取り消しにむけた署名運動(約3800筆)や市議会への陳情書の提出(賛成多数で採択)によって、市の独走にストップをかけようとしました。また、過去の親たちの活動からの経験や教訓を受け継ぐことへの必要性が意識されて、現役の役員たちと本書の著者たちを含めたOB・OGたちとが寄り合いはじめ、飲み会・懇談会・メーリングリストの活用などによる新旧世代の交流が活発になってきました。 本書は、このように事態が再び切迫するなかで刊行され、関係者からはいやがうえにも大きな注目をあびました。現役の親たちからの引き合いも強く、新旧世代の「つなぎ役」としての役割をさっそく果たし始めました。

中身のない市の「説明」に広がる驚きと不信の波紋 

 民間委託を進めたい市長の強い意向を受けて、協議組織を足場にした委託計画づくりでは間に合わないと考えたのか、市側は「年度内に2か所」という行政主導の委託方針を、その後も一貫して崩しませんでした。2010年5月には、市側による「説明会」が市内数カ所で開催されました。しかし、そこで出た親たちの質問への回答は、要領を得ないものばかり。他市では民間委託化でどうなったか?」という質問にも、内容的な調査はしていないこと、指導員の給与が安くて定着に問題があること、子どもの「辞める率」が問題になっている、などと、心配になるような答しか返ってきません。「委託には反対ではない」考えの参加者までも「これでは不安」と市の対応を批判します。結局、利用者に納得のいくデータを用意して、再度説明会などを開き直すこととなりました。 いっぽう、7月~9月の「協議組織」の場には、稲葉孝彦市長みずからが出席して委託の推進を訴えます。が、ここでも、「民間委託をすると官民が競争するので間違いなく良くなる」、「民間は良い」「とにかく見ていて下さい、よくなりますから」と、本の中でも書いた2003年頃の言い分と何ひとつ変わらない話を繰り返すばかり。親たちがず~っと尋ねている「民間委託をうまく進める」ための方法や工夫は、何も情報が出て来ません。「驚きと不信の波紋」は、口伝えに、あるいはネットを通じて、広がるばかりでした。 「22年度委託には反対です」。9月になると、親たちの出す広報紙も市長や市の準備不足を再々、批判しています。そこへ、指導員の先生たちも、ついに明確な反対意思を表示しました。市の職員組合のニュースで「学童保育所組合員一同」の名前入りの記事で、中身の無い市の委託計画を批判し、2010年度内の実施を見送って計画を練り直すべきだと主張したのです。10月に入ると、状況をみかねた4会派の市議たちが共同提案した「学童保育所の民間委託化について、稲葉市長が議会の意思を尊重し、保護者と誠実に協議することを求める決議」が市議会で採択されました。もはや「波紋」は、「批判の大合唱」へと成長し続けていました。

市長が仕切った「説明会」~ 粘りの10月攻勢 

 それでも、市長はめげずに委託推進を訴え続けました。10月後半に再開された市の「説明会」については、市長が自らの出席を表明し、「今後の進め方について」具体的な考えを展開するということでした。おりしも、毎年11月3日に開催される9学童対抗の「大運動会」の準備も最高潮に達している時期、親たちの側には決して余裕は無い。しかも内部から、親たちは今年度の委託実施反対を表明しているのだから、委託実施の説明会を開かせるのは無用のことだと反対する声も少なくない中で、あえて「説明会」を受け入れたようです。「説明会」は市内3か所で開催されることとなり、市議たちにも開催の案内が回り、読売新聞の「むさしの版」でも予告の記事が出て、注目されるイベントとなりました。 初日の説明会には、会場となった萌え木ホールに数十人の父母が集まり、親たちの他にも、市議会議員、新聞各社が押し寄せました。5月の「失敗」を受けて、十分な準備がなされたはずの「説明会」なので、いったい何が発表されるかと、参加者は固唾を呑んで見守りました。そうした中で、市長は「さわらび学童とたまむし学童の委託を進めたい」と、民間委託候補の学童の実名をあげて宣言しました。しかし、ここでもまた、それまでの「お願い」を繰り返すばかりでした。具体的にどのようにして委託後の「保育の質」をうまく保つのかという問題には、またしても説明がありませんでした。同じことの繰り返し。参加者との質疑応答でも、市側の計画の不十分さがますます露呈するだけの状態です。「無策もここに極まれり」という説明会場を埋めつくした怒り、哀しみを、市長は理解したのか・しなかったのか、「委託に期待する利用者も居る。だが、この雰囲気では、委託の賛成意見は出しようがない」と、親たちの怒りのオーラを逆批判していました。


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親たちの「情報戦」
 
 説明会」の模様は、読売のほか、朝日・東京の各紙も報じました。ここで親たちが一番焦ったのは、中身の無い説明であったにもかかわらず、市が「説明会」を実施したことで、「説明は十分にしたから」という委託にむけての実績をアピールしないかということでした。また、怒りの渦の中で、「委託に期待する利用者も居る」と目を据え直して言い切り、委託の実施を撤回しようとしない市長の老かいともいえる「粘り」も、今後の展開が予断を許さないことを示していました。 仕事に、学童行事に、家庭生活に忙しい親たちが行政の「プロ」たちと渡り合うには、情報をこまめにやりとりする以外に、手はありません。緊急の会合を繰り返すほか、電話・メール・ビデオ・ホームページ・ツイッター・広報紙などのメディアを駆使して情報交換・情報発信に努め、また新聞社からの取材にも入念に対応していました。中にはみなみ学童父母会の伊藤父のように、全説明会の模様をツイッターで生レポートしたり、市議会の審議をユーストリームで生中継を始めたりした親もいたほどです。説明会の会場で行っていた出口調査(「説明会アンケート」)の後日集計結果では、3か所で160枚のうち9割が「不安になった」と回答したことがわかりました。このように多くの人が市の説明には納得していないことは、すぐさま市議会の厚生文教委員会のメンバーに伝えられるなど、機動的な情報戦を展開していました。役員たちの中には休む暇もない状態の人が続出していましたが、それでも親たちの中からはどんどん新しいボランティアが現れ、情報戦に参加していました。 現役の親たちが春に声をかけておいたOB・OGの親たちにも、現役の活動が見えやすくなっていたので、常に何人かがこの情報戦に参加し、時には自分たちの経験を伝えたりしていたようです。現役の親たちは、OB・OGたちが編んだ本書の販売にも尽力し、本を通じた新旧の親の経験交流が進みました。思えば、良いタイミングで本を出す事ができたものでした。

表明された「委託の延期」

 11月の協議組織の会議の場には、市長が姿を見せて「総合的な判断」によって、本年度の委託を延期する、と表明しました。これにより、遅きに失したとはいえ、2010年度中の乱暴な委託が無くなることだけは確定しました。それでもなお、親たちは安心するわけにはいきません。来年度はどうなるの? 候補として名前の挙がった2学童の委託はどうなるの? 2011年の1月には、委託の実施延期を説明する担当課長名の文書が出ましたが、これもはやくも来年度の委託化実現を目ざした準備作業でした。 また、委託するかしないかというレベル以外にも、小金井市の学童保育には、(1)大規模化対応のための2所分割運営、(2)保育時間の延長、(3)一時保育、(4)子育て広場、などの新規事業の実施も求められています。委託の「延期」ができたから安心というのではなくて、学童保育に突きつけられた種々の要求をどのように解決していくか? 親たちと指導員の先生と市の担当者とによる協議組織を、役立つ機関となるように、鍛えてゆかねばならないのです。本書の中でふれたように、「官民協同」で知恵を出し合い、学童保育についての問題を解決してゆく仕組みを作り、委託の問題もその中で着実に、かつテンポよく解決してゆかねばならないのです。 ところが、市長や市の担当者が、審議会が答申したこのような「官民協同」のシステムをどこまで理解しているのか、はなはだ心許ない中では、先行きの厳しさしか見えない……、それが2011年初頭の状況でした。

市長交代による新たな展開 

  ところが、4月の小金井市長選挙の結果によって、大きな変化がやってきました。前市長に比べて年も若く、元利用者として学童保育の中身を肌で理解している佐藤和雄氏が市長に就いたためです。佐藤市長は、単なる延期ではなくて「委託計画を見直す」という画期的な方針を出しました。前市長時代の2002年に中身の乏しい委託計画が持ち上がって以来、親や指導員たちがずっと苦しめられてきた、リスキーな形での民間委託化におびえなくてもよくなったのです。 ただし、佐藤市長が指摘するように、先に述べたような学童保育の諸課題は消えてなくなったわけではありません。大規模化も財政難も、全部目の前にあります。民間の力を活用する可能性も消すわけではありません。学童父母会出身者の市長だから、なれあいで行けるというものではありません。学童保育の質を守るということは、生やさしいものではないはずであり、指導員や子どもの行く手に待ち受ける問題をみつけては、連携プレーで解決してゆかなくてはならないのです。そのために親たちが提案したのが、本書でいう「官民協同」のシステムでした。こうしたことをよりよく理解する佐藤氏が市長になったことは、小金井市の学童保育全体にとっての慶事だというべきでしょう。 やっとスタート台に立てました。これまでは、防御に使っていたエネルギーを、創造のために使うことができるようになりました。これまでの学童保育をよくするために努力してくれた多くの先人の遺産を、これからの子どもたちのために活動したい多くの親たちや指導員に受け渡す。本書が少しでもそのお役に立てればと願って、著者一同、小金井の親たちとともに本書の販売を続けております。 どうかぜひ、本書をお手にとって下さいますよう、よろしくお願い致します。


著者一同に成り代わって、橋本昭彦(みどり学童父母会OB、前・小金井市児童福祉審議会委員)しるす
                                   
(2011年6月/編集 宇野祐子)