アダルトチャイルドといわれる方々の生き辛さの根本には大きく見て2つの事柄があります。
第一は
親や家族に無条件に愛される事、認めてもらう事から得られる、生きる上での人生と自分への向き合い方、
「わたしはわたしでOKなんだ」という
自己存在OKの感覚、自己肯定感、自己信頼感を持てずに大人になってしまう事。
当然、生きていく上で必要な自尊感情も損なわれているでしょう。
「自分が為す事、為した事をヨシ」と自己承認も出来ません。
長じて社会に出て行くにつれ
「他者からの評価、他人の眼にどう映るか、で自分の存在そのものと能力を量る傾向に陥ります。」
これは辛いですね。
在るがままの等身大の自分にOKを出してやれず、
常に「~であるべき」という背伸びをし続けることになります。
「~であるべき」、という処には居続けられませんから、
常に「こんなあたしじゃ駄目だ・・・」
自分に「駄目出しをする事になります。」
そんな自分に無自覚に生きているなら
同様に「自分自身でさえアップアップの、~であるべき姿」に向け
「他者をコントロールしようとし」「駄目出し」し続けます。
要らぬ葛藤をこさえてしまいます。
自分と人との《境界が判らない》ということは、
「こういった構図と、自分の感覚への無自覚な在り方」の故から出ていることでもあるのです。
そして、それはこういった苦しみにある方が
「養育者たる親から持ちかけられていた関係」でもあるのです。
世代間を連鎖する悪しき構図と言えます。
第二には
人間誰しも物事を見る眼には歪みがあります。
それを「認知の歪み」と言いますが、
一般の常識から大きく逸脱した「その家庭だけの常識」
つまりは親の価値観、生き方を取り込んで、
無自覚にその自分の感覚から人間関係を造っていく事から
他者との関係が行き詰まっていること。
《人間の悩み、苦しみは突き詰めれば 人間関係です。》
人生は人間関係に始まり、人間関係に終わります。
幼い頃に虐待を受けた方の傷は簡単な事では癒されないでしょう・・・。
永きに渡って、親への恨みに取り付かれるかもしれません。
不肖わたくしこと 梅は35年近く親と口をききませんでした・・・。
恨みに恨んでおりました・・・。
しかし、ある時どなたもが気付いて行きます・・・。
「今を生きているのは自分で、生き辛さを解消して行くには、自分本来の生き方を模索しなければならないのだ、と。」
親への恨みをどれほど燃やそうと・・・
あるいは親を変えようとして、それは果たせる事ではなく、
親を変えたとして、自分が現在抱える生き辛さは
「今現在の自分の物事の捉え方の問題。
人間関係を造る上での未熟、スキルが足りないと言う事。」
《既に自分の問題であって、自分が変わっていくことでしか
出口は見つからないのだと気付いていく事でしょう》
ということは
まずは「在るがままの自分をOK」と御自分に言ってあげられるようになればよいのです。
「自分の生き辛さが何に由来していたか」
と言うよりも
「今現在、どんな構図で行き詰っているのか。」
それをしっかりと見ていくことが必要です。
「新しい人間関係造りを学び、自分育てをしていけばよいのです。」
《全てのアディクション(依存症)というのは
「共依存からの反応である」とされています。》
共依存は英語で CO-DEPENDENT
この反対語は IN-DEPENDENT
アメリカ合衆国の独立記念日が IN-DEPENDENT DAYです。
すなわちIN-DEPENDENTは 「自主独立」。
この反対である共依存とは、
「他者に必要とされることで自分の存在意義を見出す」
自分を自分がOK出来ず、自尊感情も自己評価も低いところから、
相手に認められることによって自分をOKしようとし、
相手の好意を得るために自己犠牲的な献身を強迫的に行う傾向にあります。
しかし、その献身は結局自分を成り立たせるためであり、
相手を「コントロール」したい無自覚な自己中心、策略的なものであります。
しだいに「相手にかまけて自分を成り立たせようとする構図と、その相手」
すなわち共依存の関係と依存対象から離れ難くなっていきます。
すると「相手は自分の課題を自分が引き受ける機会を奪われてしまいます。」
共依存によって、自分ばかりではなく相手も自分を引き受けることが出来なくなって行きます。
共に成長と「自分が自分の足で立つ機会」を奪い合いながら、コントロールしようと権力闘争の泥沼にまで陥ります。
この構図・・・何処かで見たことがお有りでしょう・・・。
アダルトチャイルドの苦しみを抱える方の多くが、御自分の親から持ちかけられ過ごしてきた関係です。
こういった事実から
アディクション、アダルトチャイルドといわれる苦しみからの解放を願う方が目指すのは
「自主独立」~精神的な「親離れ」への道であると言えます。
回復は、親への恨みを手ばなし、癒やしを求める段階から、ある時期を越したなら
自分自身を自分が引き受けて「自分の育て直しを意識していく」ことに重点が移ります。
回復から「成長」に意味合いがシフトして行きます。
親との関係の中で取り込んでしまった物事の捉え方を手ばなして、
「自分と他者をOKし、人との交わりの中で自己実現していくに当たって建設的な方法を採択できるように」
自分を育てなおしていく事です。
「親離れ」の真の意味は
誰かや何かに仮りそめの理想の親を求めるのではなく
「自分が自分の親」になり、成長を見守り、
駄目出しせずに 良い出ししてやりながら、
生涯に渡り付き合いを続け、育てていく事です。
パートナーや恋人に「理想の親を見ようとしてはいませんか?」
相手にかまけ、コントロールしていないと気がすまないと言う事はありませんか?
経済的に独立、結婚もし、子供を設けて社会に送り出していたとしても
実は配偶者を「仮りの親にし、理想の親を見ようとしていただけで、親離れしていなかった・・・。」
共依存であった・・・。
こういう方は、アダルトチャイルドであるという方に限らず、たくさん居るのです。
《あなたはあなた、わたしはわたし。
あなたはわたしのためにだけ生きているのではない
わたしもあなたのためだけに生まれてきたのじゃない
それぞれが自分のことは自分が
その上で、一緒にいて共有する事があり
お互い様で助け合える事があるなら
惜しみなく与え
わたしも遠慮なく助けてもらおう
そうなれたなら素晴らしいな・・・。》
そうなれればよいのです。
あなたが居ないと駄目なの、ではなく。
一人でも楽しいけど、あなたと居るともっと楽しい。
助け合って行ければ素晴らしい。
そうなれればいいんですよね?
どうすればそうなれるのでしょう?
これからどんな風に自分と付き合って行けば良いのか、少しつつ一緒に考えて行きましょう。
変化する事を怖れない。
人生は変化していく事とも言えます。
そして、人は人との交わりの中で生きてこそ生き甲斐も幸福も見出す事が出来ます。
自分の感覚だけ、自分が世界の中心、と思っていた子供から
健康な相互依存ができる大人に向けて
心のストレッチをしていきましょう。
自分が思っていたことだけが自分の姿でも世界の本当の姿でもない・・・。
そのやり方だけじゃない・・・。
すべて自分が思い込んでいただけ。
大きく心を広げて行きましょう。
次回もMindExpander 梅が
エスコートさせていただきます
MindExpander「梅」






