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『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」

心が「こって」はいませんか?「 MindExpander~心のストレッチャー梅」 あなたを心の水平線に御案内します。あなたの心を解きほぐし広げます。空を行く雲のように悠々と往きたいものですね。梅はAC、引きこもり、アルコール依存症他アディクションからのサバイバーです。




『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」



アダルトチャイルドといわれる方々の生き辛さの根本には大きく見て2つの事柄があります。


 第一は


親や家族に無条件に愛される事、認めてもらう事から得られる、生きる上での人生と自分への向き合い方、

「わたしはわたしでOKなんだ」という

自己存在OKの感覚、自己肯定感、自己信頼感を持てずに大人になってしまう事。


当然、生きていく上で必要な自尊感情も損なわれているでしょう。

「自分が為す事、為した事をヨシ」と自己承認も出来ません。


長じて社会に出て行くにつれ

「他者からの評価、他人の眼にどう映るか、で自分の存在そのものと能力を量る傾向に陥ります。」


これは辛いですね。

在るがままの等身大の自分にOKを出してやれず、

常に「~であるべき」という背伸をし続けることになります。


「~であるべき」、という処には居続けられませんから、

常に「こんなあたしじゃ駄目だ・・・」

自分に「駄目出しをする事になります。」


そんな自分に無自覚に生きているなら


同様に「自分自身でさえアップアップの、~であるべき姿」に向け

「他者をコントロールしようとし」「駄目出し」し続けます。


要らぬ葛藤をこさえてしまいます。

自分と人との《境界が判らない》ということは、

「こういった構図と、自分の感覚への無自覚な在り方」の故から出ていることでもあるのです。


そして、それはこういった苦しみにある方が

「養育者たる親から持ちかけられていた関係」でもあるのです。


世代間を連鎖する悪しき構図と言えます。



 第二には


人間誰しも物事を見る眼には歪みがあります。

それを「認知の歪み」と言いますが、

一般の常識から大きく逸脱した「その家庭だけの常識」

つまりは親の価値観、生き方を取り込んで、

無自覚にその自分の感覚から人間関係を造っていく事から

 他者との関係が行き詰まっていること。



 《人間の悩み、苦しみは突き詰めれば 人間関係です。》



 人生は人間関係に始まり、人間関係に終わります。



 幼い頃に虐待を受けた方の傷は簡単な事では癒されないでしょう・・・。


 永きに渡って、親への恨みに取り付かれるかもしれません。


 不肖わたくしこと 梅は35年近く親と口をききませんでした・・・。

 恨みに恨んでおりました・・・。


 しかし、ある時どなたもが気付いて行きます・・・。


 「今を生きているのは自分で、生き辛さを解消して行くには、自分本来の生き方を模索しなければならないのだ、と。」


 親への恨みをどれほど燃やそうと・・・

 あるいは親を変えようとして、それは果たせる事ではなく、


 親を変えたとして、自分が現在抱える生き辛さは

 

 「今現在の自分の物事の捉え方の問題。

 人間関係を造る上での未熟、スキルが足りないと言う事。」

 

 《既に自分の問題であって、自分が変わっていくことでしか

  出口は見つからないのだと気付いていく事でしょう》

  

 ということは

まずは「在るがままの自分をOK」と御自分に言ってあげられるようになればよいのです。


 「自分の生き辛さが何に由来していたか」

 と言うよりも


 「今現在、どんな構図で行き詰っているのか。」

 それをしっかりと見ていくことが必要です。

 

 「新しい人間関係造りを学び、自分育てをしていけばよいのです。」






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 《全てのアディクション(依存症)というのは

 「共依存からの反応である」とされています。》


共依存は英語で  CO-DEPENDENT 

この反対語は   IN-DEPENDENT

アメリカ合衆国の独立記念日が IN-DEPENDENT DAYです。


すなわちIN-DEPENDENTは 「自主独立」。


この反対である共依存とは、

「他者に必要とされることで自分の存在意義を見出す」


自分を自分がOK出来ず、自尊感情も自己評価も低いところから、

相手に認められることによって自分をOKしようとし、

相手の好意を得るために自己犠牲的な献身を強迫的に行う傾向にあります。


しかし、その献身は結局自分を成り立たせるためであり、

相手を「コントロール」したい無自覚な自己中心、策略的なものであります。

しだいに「相手にかまけて自分を成り立たせようとする構図と、その相手」

すなわち共依存の関係と依存対象から離れ難くなっていきます。


すると「相手は自分の課題を自分が引き受ける機会を奪われてしまいます。」


共依存によって、自分ばかりではなく相手も自分を引き受けることが出来なくなって行きます。

共に成長「自分が自分の足で立つ機会を奪い合いながら、コントロールしようと権力闘争の泥沼にまで陥ります。


この構図・・・何処かで見たことがお有りでしょう・・・。


アダルトチャイルドの苦しみを抱える方の多くが、御自分の親から持ちかけられ過ごしてきた関係です。


 こういった事実から

 アディクション、アダルトチャイルドといわれる苦しみからの解放を願う方が目指すのは

 「自主独立」~精神的な「親離れ」への道であると言えます。


 回復は、親への恨みを手ばなし、癒やしを求める段階から、ある時期を越したなら


 自分自身を自分が引き受けて「自分の育て直しを意識していく」ことに重点が移ります。

 回復から「成長」に意味合いがシフトして行きます。


 親との関係の中で取り込んでしまった物事の捉え方を手ばなして、


自分と他者をOKし、人との交わりの中で自己実現していくに当たって建設的な方法を採択できるように」

 

 自分を育てなおしていく事です。


 「親離れ」の真の意味は

 

 誰かや何かに仮りそめの理想の親を求めるのではなく

  

 「自分が自分の親」になり、成長を見守り、

 

 駄目出しせずに 良い出ししてやりながら、

 生涯に渡り付き合いを続け、育てていく事です。


 パートナーや恋人に「理想の親を見ようとしてはいませんか?」

 相手にかまけ、コントロールしていないと気がすまないと言う事はありませんか?


 経済的に独立、結婚もし、子供を設けて社会に送り出していたとしても

 実は配偶者を「仮りの親にし、理想の親を見ようとしていただけで、親離れしていなかった・・・。」

 共依存であった・・・。

 こういう方は、アダルトチャイルドであるという方に限らず、たくさん居るのです。




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 《あなたはあなた、わたしはわたし。

 あなたはわたしのためにだけ生きているのではない

 わたしもあなたのためだけに生まれてきたのじゃない

 それぞれが自分のことは自分が

 その上で、一緒にいて共有する事があり

 お互い様で助け合える事があるなら

  惜しみなく与え

 わたしも遠慮なく助けてもらおう

 そうなれたなら素晴らしいな・・・。》


 そうなれればよいのです。


 あなたが居ないと駄目なの、ではなく。

 一人でも楽しいけど、あなたと居るともっと楽しい。

 助け合って行ければ素晴らしい。


 そうなれればいいんですよね?


 どうすればそうなれるのでしょう?


 

 これからどんな風に自分と付き合って行けば良いのか、少しつつ一緒に考えて行きましょう。


 変化する事を怖れない。

 人生は変化していく事とも言えます。

 そして、人は人との交わりの中で生きてこそ生き甲斐も幸福も見出す事が出来ます。


 自分の感覚だけ、自分が世界の中心、と思っていた子供から

 健康な相互依存ができる大人に向けて

 心のストレッチをしていきましょう。


 自分が思っていたことだけが自分の姿でも世界の本当の姿でもない・・・。

 そのやり方だけじゃない・・・。


 すべて自分が思い込んでいただけ。


 大きく心を広げて行きましょう。

           



       次回もMindExpander 梅が

       エスコートさせていただきます




                          MindExpander「梅」


     







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 あなたは、ご自分が引き算人生を生きているかもしれないと考えた事はお有りでしょうか?

 まず無いと思います



 と言いますのは、この「引き算人生」・・・

人が無自覚に生きていると陥りがちな在りさまだからです。



 引き算人生と言うのは

 《満点を取ってはじめて0点の人生なのです。》

この生き方を無自覚に採択していらっしゃると苦しいことこの上ありません。




《どこまで行ってもスタート地点に到達できないからです。》



0点、すなわち

《こう在らねばならない。こう在るべき。》という



 その方ご自身がつくってしまわれた

《生きるということへの不文律》

《謂わば、自分が自分の人生をデザインしていく上での『基点』『出発点』に到達するという事だけで全ての力を使うことになってしまうからです。》




『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」





 「減点パパ」という三波伸介さん(びっくりしたな~もぅ!)の楽しいテレビ番組がありました。

 子供達が出てきて語るその話しから、その場には居ないお父さんを三波伸介さんはモンタージュ写真を造るように達者な筆で、ホワイトボードに描いて行きます。

  描きながら

 「じゃあ、お父さんはそんな駄目なところもあるんだ」

 「それじゃあ嫌んなるよな」

 似顔絵の上に×を付けて行きます。



 「ん? なになに・・・ほんとうはお父さんにそうしてもらいたかったのか?」

 「世話かかるよな。 んじゃ、こっちからこう言ってあげると、歓んでホイホイそれやってくれちゃうかもな、わははは。」

 「じゃ、そんな駄目で世話のかかるお父さんだけど、満点だ!!」



 ホワイトボードに描かれたお父さんの似顔絵の上に大きな○を幾つも付けてお父さん登場。

 子供達の本音を聴きながら、お互いに「ありのままで受け容れあい、大好きだと・・・」

 抱き合って家族の絆を確かめ、新たにするという素敵な番組でした。



 「減点パパ」というタイトルでありながら、そこには

 「そんなパパが大好き。 パンツ汚したりしても(笑)

        あるだけで100点です!」

そんな想いが込められていました。



 それを「受容」といいます。

 さらに「愛」ともいいます。

 そこには気恥ずかしいけど言えなかった「感謝」があります。

 つながりへの大切な目ざめ、言葉にして伝えることがあります。



あなたがあなたで居てくれてありがとう。

わたしはあなたによって此処にあります。

わたしもあなたを輝かせています。

この素敵な関係に感謝です。

 

どんなあなたであっても、

かけがえのない大切な存在です。

この関係を大切にしたいから

わたしはわたしを気持ちよく引き受けて行きます。




 あたくしが今日書いています「引き算人生」とは、その人が捉われてしまった

「~~であるべき」という、「人生と自分への向かい合い方」であります。



 「こんなあたしじゃ駄目だ」

 「これでは愛されない」

 「俺はこうでなければならない」



 生きて、この人生を自分がデザインしていくことのはじめに

「自分自身に対してこのような向かい方」をしてしまうと

何一つ始められないばかりか、自分を消し去りたい思いにまで向かいかねません。



 それでは、この「こうあるべき」という声・・・ 誰が言っているのでしょう・・・。



 それは自分でしかないという事なのです。



 《誰もあなたのことを、それでは駄目と言ってはいませんよ》



 だからこうも言えるのです。



 誰があなたを

「愛しています。」(あるがままのあなたを尊敬し)

「一緒に居て何かを共有、共に造って生きたい」と言っても・・・

受け容れるのはその方ご自身。



 愛を受け容れるのも、自分を嫌い抜くのも、その方自身でしかないというのが事実なのであります。



 

 引き算人生に陥っている方には、こんなところがあります・・・



 楽しい時を誰かと過ごせたと感じる時は良いのですが・・・

離れたとたんに不安になり、寂しくてすがりつきたくなったりもします・・・。

 それが恋愛の盛り上がりにもつながりますから、それで結婚まで行くと、後の夫婦、親子間の共依存の種にもなっていきます。



 多かれ少なかれ、全ての人に言える事ではありますが、

 人によって癒されると感じられるという事は、自分を受け容れられない視点をその人が持っているということです。





『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」





わたしたちは誰しもが《事実として》



「ありのままで、どんな姿であろうが、在りさまだろうが

共に在ることで、お互いを存在させあっています。

お互いを生かし合う《大いなる繋がり》の内に入れられています。」



《~~で在らねばならない  ~~で在るべき 》 というのは



「他者からOKを出してもらわねば、自分をOK出来ない。」ということなのです。



 それは「どのような自分であろうとも、

 全ての人、生き物、自然、目に見えぬもの、

 概念や五感で感知できぬものまで含めて繋がっているという、

 生かし合う関係《大いなる繋がり》の内に在ることに目覚めていない状態。」とも言えます。





 そして ~~であらねばならない、あるべき・・・と

《そう思い込み、常にそう自分に言い続けているのは 自分自身でしかないのです。》



 引き算人生にバイバイしたいものですね。



 あなたはあなたでいてくれることで満点!!



 あなたが生きておられるということは

《どんな軌跡を描いても、既に満点以上の輝きをもってこの世にあるのです。》



 

 引き算人生とは、

《いつまでたっても、誰かの目にヨシと映る事をもって、自分を受け容れようとする人生》



 《それはね・・・その眼とはね・・・その方の中で勝手にこしらえてしまった 親の眼なんです。

 親離れしていない人生・・・つまり無自覚ですが親が神になっているのです。




内なる親の眼を神にしているという事です。



 自分が自分を「これでよし」と言えずに、主体的、創造的に自分の人生を立ち上げる船出の前で、つまずいている状態なのです。》



 もう、「こういうあたしじゃなきゃいけないんだ」という処から自分を解き放ってあげて良いのです。



 それには、こんな風に意識して心がけなさることです。

 あなたが、

 《あなたご自身の親になり、「それでいいよ、大丈夫だよ。」と見守ってあげること。》

 

 そして《自分育て》を意識なさる事です。

 

 生きていく上での知恵・・・とりわけ、人との関係について、無自覚に自分の感覚だけで生きてこられたなら、これから学ぶ事はたくさんあるでしょう。



 時には何もかも投げたくなるかもしれません。

 しかし、求めるなら、あなたに必要な出会いも学びも必ずあなたのもとにやって来ます。



 人生に偶然はありません。

 あなたがこのブログに眼をとめたこともまた然り。



 あなたの人生に信頼しましょう。



 大丈夫。 あなたはあなたであって良い。



 それでは牧師のようにまとめます(笑)



「神様はこの世をお造りになるにあたり、

一日目、二日目、三日目と、その御業の途中区切りをつけられて、

こんな風に在ったとの記述があります。



 神はこれを見てよしとされた。

 

創世記のはじめ、創造の途中、神は何度も 《これでよし》としています。」



 キリスト教では「人は神様に象られた存在」としています。



「神の似姿」という言い方もします。



 神に象られているという我われも

「人生を主体的に立ち上げていく事の始めに

《これでよし》と御自分に言ってあげると、隣人や社会、自然との素敵な関係が始まって行きますね。」



 どうぞ、引き算人生から足し算人生に向けて、まずは在るがままのご自分にOKを出してあげてください。



 造物主たる神からの、あなたへの言葉はこれです。



「存分に生きてください。 それ我が心なり。」









   次回も

     MindExpander 梅が 

       エスコートさせていただきます。










                      MindExpander 梅








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信頼とは「白紙委任状」

信用とは「債券」



あなたの思うようにおやりなさい。

どのような結果になろうとも、わたしはあなたを支持します。


それが白紙委任状。




あなたには、このようにしていただきたいのです。

それが出来ないとなるとお任せするわけにはいきません。

この条件をあなたには呑んでいただきます。


それが債券。




あなたが誰かを信頼するにあたって

その始めには忍耐を強いられていると感じられる段階が在るかも知れません。



・・・しかし、あなたは思いあたります。



よくよく考えたなら・・・

何があろうとお任せしますと相手に預けておきながら、忍耐・・・とは。



ヤキモキするのは自分の思惑に捉われているからではないかと気が付くにつれ

あなたは深く思いを馳せはじめます・・・。



いつの間にか信頼と信用、白紙委任状のはずが契約履行と混同してはいなかっただろうかと。



そして、信頼する事の始めは、相手への愛であったことを。



信頼は愛から出て

何があろうと信じて見守り、手出ししない



『決意』に支えられた『断固たる態度』 『行為』であり、単なる内的心情ではなかったと思い当たるのです。



白紙委任状と債券。



信頼と信用との混同から免れてはいたとして、

愛するものが苦しむ局面があるなら手を差し伸べたい・・・



それが人情というものですが



信頼するという事は「相手の力を信じて見守る事」



信頼するあなたのことはあなたが・・・

見守るわたしのことはわたしが・・・



そこには厳しさがあり、どのような結果をも受け容れていく「覚悟」なくして信頼は在り得ないとも気が付いていくのです。



信頼の基盤 「愛」とは甘いだけのものではなく、

もっとも峻厳なものと知ることでしょう・・・。



しかし、峻厳であるからこそ真の優しさがあります。



信頼されるものは「自分が自分を引き受けていく力を自分の内に見ることになるからです。」



簡単に手出しをしてしまっては相手が自分の内に「それをやり遂げる力があることを見逃してしまいます。」



あなたはさらに想いを馳せて、ヤキモキしていた自分の姿を見るうちに



「相手を信頼するとは、自分を信頼する事だった」と思い当たります。



あなたが信頼し見守る、あなたの愛する人・・・

それは「あなたの姿をしていた」と知るのです。



あなたはふっと微笑みながら 忍耐ではなく 愛する事を知らなかったと気が付くのです。



人を信頼することは自分を信頼すること。

人を信じられないとは自分を受け容れられぬ苦しみであったとも知るのです。





 人は鏡の世界に生きています。



 あなたの人生は、自分を受け容れる事で世界を愛し

 誰かに優しい眼差しを向けることで自分自身を慈しんで往く道です。



 与えることで命を受け取り、互いに与え合っていく道なのです。



 自分を大切に出来る人が、人を愛せる人です。



 人を傷つければ自分に傷をつけ、慈しめば自分自身が癒されて行きます。



 人が誰かにすることは、そのまま自分自身にしていること。

 人が誰かに言うことは、常に自分に言っていること・・・。



また鏡の世界では、さながら左右が入れ替わるようにこんなことも起こっています。





   追い求め

   得よう得ようとばかりする生は失う事のみ多く

   求めて手にしても虚しさ、渇きは増し加わり

   際限の無い貪りに繋がって行きます・・・。



   むしろ無償で与える事があなたを満たし

   与えれば与えるほどに潤っていく逆説・・・

   惜しみなく与えることで

   あなたのうちに命の泉は溢れます。



 

 人はこんな世界に生きています。







          



      これから心のストレッチをして行きましょう

     



      MindExpander 梅が

      毎回エスコートさせていただきます。

 

  

 まずは自分自身を信頼して行きたいものですねぇ。








                          MindExpander 「梅」      






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