さて、虚言で狂言な妄言的戯言でもはじめようか


眼鏡と云うものについて考察してみようか

眼鏡と云うのは、それを通すと外界からの光子または光波の働きが変化または遮断されてしまうモノを示し、サングラス、老眼鏡などがそれに含まれる。


また心理的な意味では、外界からの情報を変化または遮断すると云う意味で『色眼鏡』という言葉がある。


コレにかなり似ているのがメディアだよね。

彼らは彼等の正義に乗っ取って、彼らの主張の因子となるように情報を『レンズ』に通す。

まぁ、だから僕らが得る情報ってのはある正義に基づいたモノだよね。


さて、結局何が言いたいかと云うと、
いくら情報操作しようとも、非核三原則弄ってしまったら、民主党も政権ヤバいよね…。
そこは曖昧にぼやかしといたら、日本人はその程度では暴動すら起こさない消極的人種なのに。

まぁ、かく言う僕も生粋の日本人だけどね。
『発展』っていいよね。

猛暑の中、クーラーの効いた室内とか車内に入るとそう思わざるを得ない。

夏バテで死人がバタバタと出てるのも、クーラーに依る快適な室温に慣れすぎたから、とか聞くけれど、今現在取り敢えず涼しいというのは心地よさを感じる。

やぁ
はじめまして
若しくは
お久しぶり
それとも
またあったね
でしょうか?

今日この頃の初日記は発展について戯言いってみるのも悪くない。


零崎でいう曲識というのは零崎たる資格を実は持っていないんじゃないかな?
零崎でありながら『殺さない』という選択肢を持つのだから。

まぁ戯言だけどね。

そんな訳で発展について考察するんだけれど

人類と云うのは『楽《らく》』を求めて進化して来たのだとこの僕なんかは思うわけだ。

コンピューターと計算然り、蒸気機関と運搬然りね。

そこには『楽』への追求心が存在し、そいつが新たなる発展を生み出したんだと想うんだよ。

さて。


つまり何が言いたいのかと言えば、人間楽して進化してきたワケなんだから楽するというのはいいことだ、ということ。