ある大学の理工学部の教授が、私の生徒になりました。 彼は50歳を過ぎた、白髪の長身の方です。

論文が全て英語のため、もう一度英語を細部まで勉強し、知的英文を書けるようになりたい、とおっしゃって

教室にいらっしゃいました。   私は一瞬、躊躇しましたが、すぐに、これがフリースクールなのだと感じ、

お引き受けしました。


あらゆるしがらみから解放され、自身の膨らみゆく好奇心を充たすため、どこまでも自由に学べる場ー

それこそがフリースクールなのだと思いました。 居心地悪いさなぎから、なんとか押し出て、蝶が自由に

空へと向かい、羽ばたいてゆくように、手足を伸ばして、空気を胸いっぱい吸い込み、溌溂と自己向上を

目指してゆける場、それがフリースクールの真髄であるべきなのでしょう。


ともすれば、成績向上や受験の事ばかりを気にしてしまう日々です。

また(これは私には全くありませんが)、年齢によく束縛され、人の行動を決定するのが日本人の傾向の

ひとつです。   けれど、60代でハツラツとした方もいれば、20代で生気を失ったような人もいます。

私たちは、自分独自の色を持ち、もっと自由に人生を輝かせるため、既成の様々なしがらみを、もう一度

みつめなおし、意識的に解き放たれて行かなければなりませんね。


   この教授の訪れにより、フリースクールのあるべき姿を再確認できたようにおもいました。