子供の頃、童話集の中で『人魚姫』が最も好きであった。
四方を海に囲まれた海国に生まれながら、何れの海にも数時間の遠きに隔たれた北国の内陸に暮らす私には、海洋に生息する生物自体への夢想的憧憬を満たすにも、『人魚姫』は格好の物語であったかもしれない。

さて、海の魔女と契約を交わした人魚姫が自らの類い稀な美声を失なう替わりに二本の足を手に入れ、人間の男性への恋を全うしようと願う物語は、男の変心によって無惨な結末を迎えるのであるが…

思えば、人が何ものかを得るという事は同時に違う何かを失うということである。

人魚の物語に秘められた峻厳なる取捨の真理の前に、我々はなんと非力に凡庸であることか。

人魚姫は生身を切り裂かれる痛みを物ともせぬ恋情を以て人間の男性と交わり寵愛されることを願いながら想い半ばに死んでいく。
けれども、その痛みは現世的な恋の終焉を経て、「風の精霊」に化身した人魚姫が再び魂の遍歴を始める前途に昇華するを以て、作者ヨハン・アンデルセンはこの物語を終えている。

アンデルセンの生きた時代、デンマークは隣国の戦乱と革命に翻弄され崩落寸前のひなびたヨーロッパの小国として低きにあった。
けれども一方で往時のデンマークは、後に黄金時代と称される哲学や芸術が最も隆盛を極めた時代でもあった。
かの哲学者キルケゴールはアンデルセンの同窓として同じ大学の文学サークルに席を置く学生であった。
共に出自と凄惨に過ぎる家族との連関によって酷薄にさらされる若き二人であったが、在校時には特に邂逅すること無く各々は別々の苦悶の道へと分かたれる。
やがてアンデルセンはその貧しく懊悩に満ちた半生の全てを童話に託し、片やキルケゴールはドイツ伝統浪漫主義に真っ向から相対する実存主義思想の創始者として哲学史に名を残す事となる。
アンデルセンとキルケゴールの成し遂げた形而上的偉業は、おそらく疎外され駆逐された凄惨な彼らの形而下の賜物であった。

何かを失い別な何かを得て、人は誕生の瞬間から一瞬たりとも留まることなく心身を更新し上書きをし、最期の全件削除を以て臨終していく…

アンデルセンが物語に込めた真理も知らぬまま他愛なく『人魚姫』に魅了された頃から幾星霜、それでも一体の人魚の体現した純心が、激しい熱を帯びて物語を耽読した記憶と共に今も時おりに私を圧倒するのであるφ(.. )


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