朝の冷気に救われる思いのこの頃
7月の最終、上半期の締め括りに日々お忙しくお過ごしのことと存じます。
歌舞伎町の『大人の秘密基地』で是非〆の一杯を御堪能下さいませ(^O^)

8時より深夜3時まで営業
日曜・祝祭日店休
御用命お問い合わせは
0332075701
…週間アワーピープル通信


鶴見俊輔や丸山眞男が戦後民主主義を代表する『知の巨人』としてテレビ番組で衆目の俎上に再現される。
そのこと自体に、戦後という時の流れが一つの堰にぶつかり、旋回を迫られている現実を知らされる思いがする。

発信者の掌中に委ねられ史実上の一人物となった両氏をあらためて眺めれば、稚拙な視線のうちにも既に博物館の陳列ガラスの前を通り過がるに似た若き日の自分の両氏への隔絶の心境が蘇る。
吉本隆明による痛罵がなされ、大学解体を叫ぶ東大生らの名実共の焼き打ちに遭い教鞭を棄て立ち去った丸山眞男の姿は、今にして思えば、戦後民主主義の綻びと進歩的知識人と呼ばれたオピニオン・リーダー凋落の先駆けであったろうか…

一言にいえば、私にとっての丸山眞男も鶴見俊輔も共に高遠に過ぎて実感無き遥か頭上に君臨する知的エリートであった。
そして鶴見俊輔が自著に記述するまでも無く、彼ら自身にも、自分は人民に数%しか存在しない選ばれし身上のもとに多数者を牽引する指命を帯びた少数者であるという只ならぬ自負があったように思う。

学生運動による左翼革命が硝煙の残り香だけを漂わせ悄然と断ち消えた頃に、思春期の絶頂を迎えた私の同世代の者が、両氏の自負をどのように理解していたかの全体像は不明であるが、先に書いたように少なくとも私にとっての鶴見俊輔や丸山眞男は、博物館の陳列ガラス越しに見る目視可能な生ける「史実」でしかなかった。
今では丸山批判の論陣の長であった吉本隆明は、作家吉本ばななの父親であることのほうが通りが良いのだろう。

シリーズとしてテレビ番組の特別枠に登場した今、経済基盤に全力を傾注せねばならなかった大衆多数が、負託した思想基盤を引き受ける特殊階層を容認し快哉した時代は、遠い過去である事があらためて理解される。

けれども教師が聖職であり、医学大学が白い巨塔であり、大臣は立身出世の代名詞であったかつての日本を記憶する最後の世代に属することを幸いに思う私には、政治家や思想研究家までもが大衆から乖離することを畏れ、等身大であることに過剰に腐心し、エリートを唾棄する市民感覚に寄り添う昨今の風潮には、黒々と深い落とし穴があるように思えてならないのであるφ(.. )


新宿区歌舞伎町2-23-7 プチプラザ204
アワーピープル 片倉由紀