週間アワーピープル通信
漁師が見切りを付けて港に放置した魚のように、部屋にある全ての物には棄てた主への不信と同じ分の埃が降り積もっていた…
たとえば紫の煙『パープル・ヘイズ』のイントロのあの地軸が軋み擦れていくような音のリフレインを聞く時、私は今もいながらにして遠い日の自分がいた懐かしい部屋に帰結していく。
そこには進化する前の石油ストーブの無反省な臭いがあり、壁に貼られたポスターの行き先のない固定された微笑みが私を見下ろしている。
あの部屋にあった一つだけ開かなくなってしまったスチール机の引き出しには一体何が入っていただろうか?
両親との齟齬のすえ故郷から拙速に上京した時、片付ける間もなく棄ておいた私の部屋は数年後に帰省した時には跡形もなく消えてしまっていた。
知らぬうちの改築で美麗に変わった見知らぬその家は、既に私の知る「我が家」では無かった。
私が遺した幾つかの調度は改築前と同じような広さの主のいない部屋にそっくり移されていた。
けれども何故かその机だけが、まるで私の心中を知っていたように姿を消していたのである。
のっぺりと特徴のない型のスチール机はロック・ミュージックと思春期の無防備な偏向と懶惰に貫かれた部屋の中で、そこだけが異質な一隅であった。
それは金融を家業とする我が家の倉庫に堆積された担保物件の中から父が自ら選び取って私に与えた物であり、児童が幼い体躯で向かうには些か骨の折れる重量と仕様を具えた本格的なオフィス用の机であった。
そして私は違和感と不服と父への剣呑な反感のうちに成長過程の微細な時間をその机と共に過ごすことになったのである。
教訓:
経験や実践知に根ざした垂範は最も効率の良い教育行動であるが、その過剰な直接性は時として受ける者を疎外し決定的な憎悪を生む元凶となることがある
開かない引き出しを眺める度に、私はその持ち主の債務者である失意の起業者の無念の暗喩に脅え暗澹となった。
歳を重ねた今では、男子のいない家庭にある共鳴者のいない男親の言葉にならぬ鬱屈や、娘に自分の後継者となる事を強要し幼いうちから家業の実際を隠蔽することなく教唆することが父にとって幸福な展望に夢を馳せることのできる希少な時間であったことも充分に理解が及ぶ。
気がつけば私は旅立った時の両親の往時の年齢をはるかに越えている。
それでも私は時折、生と死や美徳と悪徳が彼岸と此岸とにくっきりと分かたれていた頃の自分がいた失われた部屋に回帰し暫くの間、眼を閉ざし忘我の時を過ごすのであるφ(.. )
アワーピープル
片倉由紀