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週間アワーピープル通信
台風接近の肩透かしにも随分慣れてしまった。
大袈裟なニュース報道を訝り発信者を非難するのは簡単ながら…
こうした過保護な母親のごとき前倒しの危機勧告が通例になったのは何時の頃からであったろうかと思う。
生活に窮するわけではないのに給食費を滞納する父兄の増大に根を上げて給食撤廃に踏み切った学校があり、精神を病む教師の増加の理由は教育現場もさることながら我が子の処遇への身勝手な不満を放言する親の圧力にあるのでは?との動議がある。
教職者は聖域を失いモンスター・ペアレントなる輩が跋扈する。
権利を言い立てて鬱憤を晴らすことが受容されらる場面が虫食いの染みのように拡がる趨勢を目敏く見つけて、人権家もどきが嬉々として拡声器の役を担う…
かつては梅雨の入りと、その終わりには必ず気象庁が梅雨入り梅雨明け宣言を発表していた。
それは時に外れることがあっても、私を含め周辺の誰もが容認できる誤謬として了承されていたように思う。
宣言によって作業の段取りが狂い不要な労力や金銭的損失を強いられることも有ったに違いないが、それが被害として声高に叫ばれる事は無かったのである。
昨今の周到に過ぎる台風接近の情報と梅雨入り梅雨明け宣言の消滅という対比には、聴衆の有象無象の進言に翻弄されて均衡を失った大マスコミのの混乱の一端が見えるように思えてならない。
「言わずもがな」という粋な言葉があり慣用が機能してきたのは、この言葉に横溢する曖昧な洗練を我々日本人が長く嗜好したからである。
権利を強く言いたてる日常が必須である欧米型の主張至上主義に拮抗する、此の国の美しい個性は今ではすっかり弱々しくなりを潜めてしまっている。
肥大する弁護士数を扶養するための訴訟と裁判係争の乱立を放任する彼の国と、我が国の法曹人口による法治下での生活姿勢とは所詮噛み合うはずがないと思うのは私の固陋に過ぎないのだろうか…?
教訓:
言わずもがな-言わないほうがいい言葉と言わなくてはならない言葉を判別する自前の軸足を持たない社会は幼稚であり醜悪である。
私と同年輩の女性が雑居ビルの裏口にある駐車スペースで路上喫煙する背中を丸めた若者二人に「君たちは過料2000円を知らないの?」等と居高丈な大声で長々と諭している。
悪びれず丁寧に詫びて立ち去る若者を満足げに見送りながら、その女性は自分の自転車を駐輪禁止と大書きされたスペースに堂々と置き去り平然と何処へか消えていきましたφ(.. )いやはや何とも…
お知らせ
足早に10月が終わり木枯らしの月に突入ですね
冬仕度の準備に月日のうつろいの早さの染み入りますこの頃。
11月3日水曜日は店休とさせて頂きます。
体調に御留意のほど一日少ないウィークデーの夜は是非アワピのカウンターでお過ごし下さいませ
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アワーピープル
片倉由紀