朝から耳がグルルと鳴る。
猫のグルルに似ているのだけど
ああした快音ではなく、ひとえに耳の不調が疑義される感触である。
まだジャン・コクトーなど知らない頃
私の耳は貝の殻
海の響きを懐かしむ
ときいて
私は暗澹となった。
こんな言葉をこの先いったい幾らくらいきいて
私はその度に圧倒され動揺し、得体の知れない落ち着かぬ気分に陥らなければならないのだろうと
…
果たしてその想いは、半ば正解であったろうか
さて、機械翻訳にコクトーの原文を掛けると
私の耳は殻です
海の音が大好きな人
次には
私の耳は貝殻
海の男を愛する人
と、出て来るそうである。
機械翻訳を含め様々なAIの跋扈が不安げに我々の内心を時折逆撫でる昨今
堀口大学の揺蕩いもいずれは機械に追いつかれるのであろうか?
グルルと不快に軋む、我が三半規管の健康寿命ばかりが気になる晩冬の朝である。
片倉由紀