就職活動中、色んな未来を想像しました。

日本のテレビコンテンツを世界に進出させている自分
広告に携わる世界の人と出会い、喜びを共有する自分
世界観を広げる映画やドラマ、エンターテイメントの世界で輝く自分
都市づくりノウハウを世界に教え伝える自分
世界の中立的立場で物事を見る自分
日本のトップ企業のサラリーウーマンになり、世界をステージに挑戦する自分
研究の道を歩み、自分の興味関心に答えを見いだす旅に出る自分
、、、、、本当に多くの自分に出会うことが出来ました。

そして、私が出した答えは、
そのどれでも、ありませんでした。

私はメーカーに入ります。
今から中国進出をするメーカーです。
私が女性であること、そして中国語を話せることが十分に発揮出来る可能性がある会社だと考えています。
私は女性らしさが花咲く時期に多くの出会い、経験を詰める環境を選択しました。

自分なりにこの世界を捉え、その中で自分はどう生きて行くのかを考え、私の価値観を持ち選択する人間になるために一歩踏み出したばかりです。


このブログを続けて、一つだけ想い続けていることがあります。
それは、これからの世の中を引っ張るのは私の世代の人たちだと本気で思っています。
私の世代全員が、輝きを増して行けばきっと、さらに面白いと感じれる世界が広がると思っています。

より良い世界に出逢うために、全ての事象と向き合って行こうと決意しました。



私は浪人したから、周囲の友だちはみんな卒業し始めた。

最近思う、私の友だちはみんな優秀だなと。
こんな厳しいご時世に大手銀行、大手メーカー、大手ゼネコン、大手マスコミに就職ついている。
ただただ、すげぇと心から思う。

私の周囲にはもう一つ特徴がある。
それは起業家が多いという特徴。(企業家はいない)
こういう大人に就活を相談すると2パターンアドバイス。

1、「起業すれば?」と言われる。
今私が起業したら『社長』の二文字に踊らされて、無責任なビジョンを掲げてしまい、良い貢献へは繋がらないだろうとよく分かる。

2、「どこに行きたいの?」と社会的地位の力を出そうとする。
その様な力を借りるほど私は出来た人間でもない。

本当は私は分かっている、自分が何をしたいのか。
だから周囲から言われることになんか違うと感じてしまう。

今は自分のしたいことがあまりにも周囲とギャップがあることに不安に思う点がある。
答えを行動で示そうと決断した2010年3月25日。


もし、この会社に落とされたら私はどうなるんだろう。と思う会社に落とされた。
私絶対泣くし、心折れてやる気無くすだろうなと思っていた。
そして今、私は自分でも驚くぐらいスッキリと晴れ晴れとしている。
落とされてよかったなんて、思っている訳ではない。
チャンス欲しかったし、その会社に行くために力を添えてくれた人に恥ずかしさを感じる。
それでも私はスッキリしている。

不思議なことに、怖さが全部吹っ飛んで、ここから私どうなるのか心から楽しみに思えている。

そして、父に電話した。
私の父は恐ろしいぐらい話す話が面白い。
慰めなんて求めていない、今まで父に相談も、悩みは打ち明けたことがない。
ただなんか楽しませてもらおうと思って電話した。
相変わらず面白い話ばかりする父にすっかりハマって、すると父が最近ばあちゃんとの会話を私にした、

「そういえばこないだ、ばあちゃんに会いに行ってさ、ばあちゃんがさ、うちの家系で一番優秀なのは善子って言うんだよ。俺それ聞いてそうだなと思って。確かに俺お前絶対お前が好きな仕事に付けるって思ってるなと思ってたんだよね。」

それ聞いて私目に涙浮かんだ。
この人本当に純粋に私のこと信じている。
ここで泣くなんてと想い、ぐっとこらえた。

私は尊敬している先生に菊楽さんはバイタリティあるから、活躍出来るよと言われた時も
お母さんに大丈夫と言われた時も、嬉しさと同時に重みに感じた。
プレッシャー与えようとか慰めようと思って出た言葉ではなく、純粋に出た言葉だからこそ重みを感じた。

もしこの人たちの思う様な人間じゃなかったらどうしよう。その重みに耐えきれない。怖い。

でも今日父の言葉で、何か怖さとか不安とか全部吹っ飛んだ。
言葉は保証をくれない、でも言葉は人を解放してくれる。

私、納得できる仕事にきっと付ける。何年もかかるかもしれない、かからないかもしれない。
でも絶対つける、私そうなる運命だからそれでいい。
今まで飾り過ぎてたね。ごめん、疲れさせたわ、自分を。

この就活、どんな状況になっても、結果になっても、
新しく私らしくいられたらそれでいい。

第一志望の会社に落とされてこんなに穏やかな気持ちでいれる自分なんてまったく予測してなかった。
明日が来るのが楽しみ。
うん、これでいい。


去年の後期の金融システムという授業で、先生がさり気なく
「僕卒論英語で書いたんだ。」
という一言に、私は心の底から格好いい~!と思った。うん、衝撃だった。

そして、私も卒論中国語でやってみたいなと思った。
そのやってみたいという気持ちがやることになった。

私の卒論テーマ「老後生活」
中国語では「晚年的生活」

そんなことを考えるのが私の就活の息抜き。

ま、私のゼミの先生は中国語読めませんが。。
これを機に先生も中国語を勉強するようになったら、人生もっと楽しいと思うんだけどな。

なんて展開になっていく、私の思考。